いろはにほへと

澤田のコメントに無反応に見えた沈黙は、それが実際に起きている事とかけ離れていたために、理解に結びつくまでのシンキングタイムだったらしく、桂馬兄は、そんな風に思ってたのか、と呟く。




「ち、違うって言いますと…」


私の脳裏にちらつく、一人。

不安げに訊いた私に、桂馬兄が苦笑したような声と一緒に。


「だから、本人から聞いた方が良いと思うよ。今回の事の責任は、君には無いから。」


安心させるように答えてくれた。


「じゃ、どうして阿立桂馬が電話してきたのよ。」


腑に落ちない澤田がつっけんどんに言った所で、乗っている車が地下駐車場に入る。


「助けたかったんじゃない?週刊誌にすっぱ抜かれてるのを知って、いてもたってもいられなかったんだと思うよ。クソ忙しいスケジュールなのにな。」


週刊誌、というワードに、隣の澤田がビクリと肩を震わせた。



「桂馬が電話して俺に来させてなきゃ、今頃記者に質問攻め、写真撮られまくり。」



ー『俺はあんたを守る。』


桂馬兄の言葉に、呼応するように思い出される言葉。


「本人は…何処にいるんですか?」


疼くような胸の痛みに顔を顰めつつ、問えば。



「それも、本人に訊いてみな。」



ギアをぎっと引いた音と共に車が停まり、振り返った運転席の桂馬兄が、やんわりと笑った。


< 394 / 647 >

この作品のキーワード

この作品をシェア

pagetop