いろはにほへと
澤田のコメントに無反応に見えた沈黙は、それが実際に起きている事とかけ離れていたために、理解に結びつくまでのシンキングタイムだったらしく、桂馬兄は、そんな風に思ってたのか、と呟く。
「ち、違うって言いますと…」
私の脳裏にちらつく、一人。
不安げに訊いた私に、桂馬兄が苦笑したような声と一緒に。
「だから、本人から聞いた方が良いと思うよ。今回の事の責任は、君には無いから。」
安心させるように答えてくれた。
「じゃ、どうして阿立桂馬が電話してきたのよ。」
腑に落ちない澤田がつっけんどんに言った所で、乗っている車が地下駐車場に入る。
「助けたかったんじゃない?週刊誌にすっぱ抜かれてるのを知って、いてもたってもいられなかったんだと思うよ。クソ忙しいスケジュールなのにな。」
週刊誌、というワードに、隣の澤田がビクリと肩を震わせた。
「桂馬が電話して俺に来させてなきゃ、今頃記者に質問攻め、写真撮られまくり。」
ー『俺はあんたを守る。』
桂馬兄の言葉に、呼応するように思い出される言葉。
「本人は…何処にいるんですか?」
疼くような胸の痛みに顔を顰めつつ、問えば。
「それも、本人に訊いてみな。」
ギアをぎっと引いた音と共に車が停まり、振り返った運転席の桂馬兄が、やんわりと笑った。