いろはにほへと
「それを守る為に、それ以外の自分の大事なものを捨てなければならなくなるだろうしね。ただ、好きなだけで良かった頃には戻れない。」
葛城先生の口調は、終始穏やかなのに。
「こういった事は仕事だけじゃないと思うんだよ。どんなものでもそうなんじゃないかな。【一番好き】な何かっていうレッテルを貼ってしまったら、絶対に苦しむことはある。もしかしたら一番を失うことになるかもしれない。だから、二番目、三番目とか、あまり好きではないことを選んだ方が、何かあった時、容易に捨てたり変えたり出来るし、一番を失わずに済む。ダメージは少ない。とまぁ、好きな事を仕事に出来たからといって、一概に幸せとは言えないよな。だからー」
私の心を突き刺すようで。
「苦しむのが覚悟出来ないのならば、選ばない手もあるって事だ。」
トモハルの心が垣間見れたようで。
「…そう、ですね。」
少し、息がしづらくなった。
トモハルにとって大切な歌は闘うフィールドで。
守る為に、きっと色々なものを犠牲にしてきた。
それは私の知らない、大人の世界の話だったけれど、今なら少し分かる気がした。
『一番好きな人と結ばれたからといって、幸せになれる訳じゃない』
桂馬の言葉が、頭に響く。
ねぇ、トモハル。
守る為に、今迄何をどれだけ犠牲にしてきたのですか。
きちんと守れましたか。
その度についた傷はきちんと治っていますか。
私も、何かの役に立ったでしょうか。
もう訊く事は叶わないから、歌で聴かせて下さい。