いろはにほへと
大画面に背を向けて。
後ろにいた澤田を振り返ると。


「ーうん。ちょっと観たいけど、いいよ。中条さん、髪切ったの、頑張ったから、ケーキおごる。家に電話入れておいてね。」


きれいな顔の彼女は、私の好きな笑顔を見せた。


「ありがとうございます。」


振り返らない。

もう、過ぎた日々は振り返らない。


まだ幼い私達は、自分達のことを守るので精一杯で。

他の人の事まで考えられなくて。

大人の事情なんてものも知らなくて。

だけど、少し大人になったような気になって。


振り払って、背を向けて、そして歩いた。

ただひたすら歩いた。

それが一番良い解決策だって、思い込んで疑わなかった。



自分と同じくらいか、もしかしたらそれ以上傷付いているひとがいるなんて、思いもしなかった。


大人なら、傷付かないように、上手に割り切れるんだろうと思い込んでいた。




だから。


私も、澤田も居なくなった後の街で。



「え、歌ー」


「ハル、どうしたの?」


「9月に出したばかりの曲だよね?」


「フローライトでラストだったの?」


「止んだ」


「声が、出なくなったー???」


「なんで急に?今まで歌えてたじゃん?」


「大丈夫なの?」


戸惑いと困惑とが、じわじわと広がっていたことに。


トモハルの唄が。


声が。



病んでしまったことに。



気付けなかった。

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