いろはにほへと
テレビの画面の中で、俺はきっと。

その前に居て、俺を観てくれている人から、フェードアウトしていったに違いない。

カメラマンがそういう対処をしただろう。

だとしても、声が出なくなったのは、分かったはずだ。
フローライトの演奏にはもう入っていたから。

社長はどういう対応を取るのだろう。
使いもんにならない、俺に、戦力外通告を出すのかもしれない。
もしかしたら、違うボーカルを探すかもしれない。


それでもいい。
それでいい。

もう、疲れた。


その場から離れたい衝動と闘いながら、浮かぶのは、あの子の泣き顔と。
桂馬の勝ち誇ったような目。

ひなのの年齢を知って逃げたのは俺。
俺じゃなくて、もっと良い相手が居るって思った。
俺には守るものがあるから、俺は彼女より、ルーチェを選ぶべきだった。
それで正しかった筈だ。

なのに、無理矢理再会して、近付いた癖にまた離れて。
そして自分のせいで、自分より近付いた男に嫉妬して、彼女を傷つけて泣かせて。
もっと離れたくないから、放したら、もう手の届かない所にまで行ってしまった。
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