いろはにほへと









「心因性失声症との診断を受けました。」


時刻は22時になる頃。

診察を受けた直後、取り急ぎ社長に報告を入れた飯田が、車内に戻って、事務所の人間にも連絡を入れているのを聞きながら。


ーもう、帰ってもいいかな。


俺は席に座って、じっと、むせ返るような香水に苛々していた。

最高に気分が悪かった。

電話に夢中になっている飯田を尻目にドアを開けて、外に出る。


一歩外に出れば、風が香りを吹き飛ばしてくれて、幾らかマシになった。


「那遥さん!」


なのに直ぐに気付いた飯田が運転席から降りてきて、その声のせいで、マシになった気分は逆戻りする。


「ダメですよ、勝手に降りたりなんかしたら!私が怒られちゃいます。」


無言で歩き出すとー


「さっきの、怒ったんですか?」


直ぐ後ろに付いている気配。


「もし、気に障ったんでしたら、謝ります。でも私思うんですー」


タタタ、と走って俺の前に立つから、必然的に足が止まった。


挑戦的な目が、俺を捉えている。













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