いろはにほへと
それは癪だったが、優越感もあった。

『お前が出来ない事を俺はやったんだぞ』と。

『地位や名誉の為に、好きな女すら守れない人間に、ひなのを想う資格なんてないんだ』と。

そう言ってやった気がした。

メディアを通して、それは確実にヤツに伝わっていることだろう。

なんでって。

それは声を失くしたから。



「はぁー」


次の撮影場所まで移動する間、喜一ちゃんが運転する車の後部座席に腰掛けながら、俺は溜め息を吐いた。

勿論つっこみも相槌も何もない。


どうしてこんなに気分が晴れないのか。


「会いたいな…」


原因は分かっている。


けれど、彼女に会えた所で、自分の中の鬱々としたものが払拭されるかといえば、そうではないだろう。


それはきっとー。



ふと、窓の外に目をやると、信号待ちの歩行者の一人が、北風に首を縮めている。




ー半ば無理矢理手に入れたものだからだ。


車内にいる自分に外気は関係ない筈なのに、どうしてか寒い気がして、身震いする。
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