いろはにほへと
「なっ~~!!!」
自由な右手で頬に触ると、私は再び隣の男に目をやった。
「隙ありー!」
トモハルは不敵な笑みを湛(たた)えている。
私は状況を飲み込むことすらできず、ただ口をパクパクさせていた。
「恋って突然、でしょ?」
わざとらしく、えへへとはにかんでみせるトモハル。
「ふっ、ふざけないでっください!!!」
「えー?ふざけてないよ。」
やっと出た抗議の声に、トモハルはしれっと答えた。
「ほらほら、蛍見ないと、もったいないよー」
そして、何事もなかったかのように、自分は蛍観賞を再開する。
頬に残る、柔い感触に。
ドキドキ、ドキドキ、する。
だけど、同時に。
むくむく、むくむくと。
穏やかではない何かが膨張を始める。
なんだろう、これ。
今まで感じてこなかったもの。
いや、見ないフリをしていたもの?
トモハルの横顔から目を逸らせないまま。
姫子さんが居たら、直ぐに教えてくれたのかなぁ。
なんて、思った。