いろはにほへと
「ひなが笑ったの、初めて見たから、単純に嬉しかっただけ。」
「え…」
「お待たせしましたー」
腕で抱えるように、顔を隠した桂馬と、一瞬で赤面した私の間に、何も知らない定員がブレンドコーヒーと、ピーチジンジャーのポットを置いていく。
「は、初めてじゃないですよ。えっと、きっと…多分…さっ、撮影の時とか、も、確かありましたし…」
店員が去った後、沈黙に居た堪れず、抗議してみるも。
「いや、初めてだよ。初めて、俺に向けた。」
「………」
敢え無く、撃沈。
熱を冷ますのにアイスにすれば良かったと、真冬の、普段なら正しい筈の自分の決定を悔やむ。
「あー、なんでこんな事で、こんな喜んでるんだろう。阿呆みたいだ。」
相変わらず、表情を見せないまま、脱力してテーブルに突っ伏した桂馬の言葉と仕草に、熱に浮かされたようにぼうっとする。
桃と生姜の香りと、苦味の強そうな珈琲の香りが混じる。