いろはにほへと
まさか、と思った。
目の前の桂馬も、立ち止まる。
「孝祐、声でかすぎ。」
うるせぇ、と低く窘める声が続く。
その声は。
自分の一部のように、すっかり馴染んだ声。
「………」
無言で立ち尽くしている桂馬の背中を前に。
私は、頭の片隅で、やっぱり芸能人の行く店には、芸能人が来るんだな、なんて、やけに冷静に分析していた。
「あれ…もしかして、阿立……」
「そんな格好でフラフラしてたら、パパラッチされません?」
こっちに気付いたらしい孝祐と、私を隠すように間に立つ桂馬。
そして、孝祐の後ろには、きっとトモハルがいるに違いない。
「いい加減、周りの迷惑考えたらどうですか?ちょっと無防備過ぎるでしょ。」
背の高さは、桂馬の方が上だから、勿論私から向こうは見えないし、向こうからも私は見えていないだろう。
「ーじゃ、急ぐんで。」
何も答えない相手に、桂馬はそれだけ言うと、徐に背後にいる私の腕を掴んだ。
「行こう、ひな」