いろはにほへと
ぐ、と、握られていた手首に力が伝わって、トモハルから、桂馬に目を移すと、眼鏡の奥の彼の感情が柔らかく注がれる。
「いこう。」
再び歩き始め、今度こそ出口に向かおうとした、その去り際。
「ー声、出せるようになったんなら、こんなとこほっつき歩いてないで、早く歌ってくださいよ。…ファンの為に。」
桂馬はそう言って、トモハル達に背を向けた。
「ーーーーー?!」
瞬間。
桂馬に引かれている右手は前で。
私の視界に映っているのは、桂馬の背中。
それ以外の。
空いている左手の、小指に、掠った、僅かな温度に反射的に驚いた。
身体中の血管がドクドクと、生き物のように跳ね上がっている。
でも。
ーまた、間違いかもしれない。
目をぎゅっと瞑って、振り返りたい衝動を抑えた。
ーもう、勘違いはしない。間違いもしない。
全身に力が入っているのが分かる。