いろはにほへと
素直に唄を歌えなくなってどのくらいだったんだろう。
素直に想いを声に出せずに、どれくらいたったのだろう。

きっともう何度も繰り返して、今いる俺は、俺じゃなくなってる。
それが大人って言うもんだって、言い聞かせて、ここまで来たけど。
頂点まで上り詰めた景色は、思ったほど綺麗じゃないし、広くもなかった。


「ー戻りたいんだ。」


それが、できないと分かっていても。
過ぎた時間は戻らないんだと知っていても。

せめて、今。
この瞬間の気持ちに嘘を吐いてまで、歌うことはしたくない。
もう、物分かりの良い大人は辞めだ。



「…わかった。お前達がそこまで言うんだったら、本気なんだって信じる。俺もー」



そこで言葉を切ったまこちゃんは、内側から溢れそうな感情をなんとか食い止めようとするように、唇を噛む。



そして、充血した目で。


「ー俺も、見てみたい。そんなルーチェを。」


そう、言った。








湯気の立たない珈琲は、不味くて、苦くて。

けれど、一滴も残さずに、全員飲み干した。

それが、何かの誓いの儀式みたいだと、誰かが言って笑った。

< 576 / 647 >

この作品のキーワード

この作品をシェア

pagetop