いろはにほへと


唇を噛み締める飯田が、あの日の駐車場の時のそれと重なる。

『ねぇ…もう一回しませんか?』

そう言って、キスをねだるように、顔を上げた飯田から、俺は顔を背け、植え込みまで走ると、吐いた。

纏わりつく香り、押し付けられた感触、蜘蛛の巣に引っかかった時のように、絡まる全てが、忌々しく。

嫌で嫌で仕方なかった。

その時の飯田も、やはり今と同じように唇を悔し気に噛んでいた気がする。
うろ覚えだけれど。


「俺も、最初はそのやり方で、正解なのかと思ってた。DYLKには世話になってるし、ルーチェはこの枠組みの中でやっていくしかないって。でもー、身体が拒否して…歌えなくて用無しみたいな扱いを受けて、声が戻った時…今直ぐ死んでも後悔しない唄を歌いたいって思った。」

立て直すには、信頼できるチームに、ルーチェが戻る必要があった。

「だから、早川誠を選んだ。」

飯田は仕事熱心だが、信頼性には欠ける。
先日の事が、会社の為を思ってたとして百歩譲って許しても、まこちゃんは、会社ではなく、ルーチェを守ろうとしてくれた。
そこが決定的に違った。



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