いろはにほへと
「飯田は、DYLKに残るべきだ。」
そう言い残し、俺は飯田に背を向ける。
その瞬間。
「ーーーー私、言いますよ、良いんですか!?ルーチェのPVに出てた女は、あの子だって!」
飯田がどんなことをしてでも、ルーチェを離すまいと、叫びにも似た口調で、俺を脅す。
「…飯田は、言わないよ。」
背を向けたまま、顔だけ僅かに曲げて、そう言うと。
「?!なんで、そんなの言い切れるんですか?!?そんな度胸、私にはないって思ってるんでしょう?私、本気ですから!」
飯田が捲したてる。
飯田はやると言ったらやるタイプだ。
『幻の女の子』ー巷ではそう言われるようになり、PVから切り取られた画像だけが、ネット上で載せられている。
その正体が分かって、更にはそれが阿立桂馬の恋人ということが世間に知れたら、ひなのは潰されてしまうだろう。
だが。
「飯田は、言わない。この秘密を守ってくれる。」
「だから、どうして…っ…」
俺には、その確信があった。
なぜなら。
「飯田は、ルーチェの事もーー大切に想ってくれてるマネージャーだから。」
再びエレベーターを目指している間、他の社員が居ないフロアには、自分の足音しか聞こえなかった。
乗り込む際、振り返った景色の中には、こちらに背を向けて歩く飯田の姿があった。
その肩は、さっきと違わず、震えていたように思う。