いろはにほへと

「飯田は、DYLKに残るべきだ。」

そう言い残し、俺は飯田に背を向ける。

その瞬間。

「ーーーー私、言いますよ、良いんですか!?ルーチェのPVに出てた女は、あの子だって!」


飯田がどんなことをしてでも、ルーチェを離すまいと、叫びにも似た口調で、俺を脅す。



「…飯田は、言わないよ。」


背を向けたまま、顔だけ僅かに曲げて、そう言うと。


「?!なんで、そんなの言い切れるんですか?!?そんな度胸、私にはないって思ってるんでしょう?私、本気ですから!」


飯田が捲したてる。

飯田はやると言ったらやるタイプだ。

『幻の女の子』ー巷ではそう言われるようになり、PVから切り取られた画像だけが、ネット上で載せられている。
その正体が分かって、更にはそれが阿立桂馬の恋人ということが世間に知れたら、ひなのは潰されてしまうだろう。

だが。



「飯田は、言わない。この秘密を守ってくれる。」
「だから、どうして…っ…」



俺には、その確信があった。

なぜなら。


「飯田は、ルーチェの事もーー大切に想ってくれてるマネージャーだから。」


再びエレベーターを目指している間、他の社員が居ないフロアには、自分の足音しか聞こえなかった。

乗り込む際、振り返った景色の中には、こちらに背を向けて歩く飯田の姿があった。

その肩は、さっきと違わず、震えていたように思う。
< 588 / 647 >

この作品のキーワード

この作品をシェア

pagetop