いろはにほへと



降下するエレベーターの中で。

俺は一人、箱にもたれかかって。


亡霊のように、俺の中に住み着く彼女を思い出した。



「…もっと早く、こうすりゃ良かったな。」



大人だから。
暴走しないように。
大人だから。
取り乱したり、格好悪い所は見せないで。
大人だから。
物分りの良い。
分別のある。
ルーチェだから。
有名だから。
メンバーがいるから。
誰かを傷つけることになるかもしれないから。
怖いから。

言い出したらキリのない理由が、プログラミングする時のアルファベットの羅列のように、どんどん出てきて、その鎖に縛られて、動けなかった。
いや、そのせいにして、動かなかった。

ひなのがここに居た時に、どうして、きちんと伝えなかったんだろう。


「…違うか。」


ーそれより、もっと、前だ。


あの、夢みたいな、縁側で。

陽の光を燦々に浴びた、二人だけだったあの空間で。



伝えるべきだった。


好きなんだ、と。

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