いろはにほへと
「ちょうど、ひなのさんが、学校に行き始めた頃、駅までの道のりで言ったこと、です。」
父がこんな事を言うのは珍しく、歯切れも悪い。
普段の父の言う事は、はっきりとしている。
「僕は、あの時ーひなのさんにメッセージを送ったんです。あの時のひなのさんは、、見ていられなかったから。」
言うか、言うまいか。
迷っているような。
父のそんな面は、見たことがなかった。
少なくとも、記憶にはない。
「覚えています。葉っぱと木の例え話ですよね。真実は、一部分と全体とでは、解釈が変わってくる、って、お父さんは話してくれました。」
あの時の自分は、周りを見渡すことすらできず、久しぶりの学校に緊張しまくっていて、だから、父の言葉に救われた。
世界は真っ暗じゃないんだと。
一点だけを見て、全てを見た気でいてはならないと。
そう言われて、その通りだと思った。
「そうです。それから、、、ひなのさんが慮る時が出来た時、違う解釈を得ることが出来るんじゃないか、と伝えました。」
言いながら、父がポケットから、封筒を一つ取り出して、私の目の前に差し出した。
「もし、それが今だと、ひなのさんが確信するのであれば、今回はーー自分の判断に、頼ってみてください。誰が傷付くかではなく、ひなのさん自身が、どうしたいのか。」
薄いブルーの無柄の封筒の宛名には、私の名前が書かれている。それを父が裏返し、つられるように、送り主の名前を見て、息を呑んだ。
「僕が、あの時、慮って欲しいと言った相手は、彼の事です。」
【斎藤那遥】
空色の封筒に刻まれた濃紺の文字は、真っ直ぐな彼のイメージ通りで。
物の見事に、一瞬で私の頭を、トモハルでいっぱいにさせた。