いろはにほへと

最初に、聞こえたのは、桂馬の溜め息だった。
深くはないけど、浅くもない。

そうして、桂馬は、逡巡するかのように伏せていた目を、私とはっきり合わせた。


「……ひなは、どうしたいの?」

桂馬の問い掛けに、一度わからないと心の中で答えた後。

ー『もう、中条さんの中で、答えは出てる。』

澤田の言葉が、蘇る。

カタカタと、開けてはいけないと鍵でがんじがらめにしていたパンドラの箱が、自力で蓋を開けようとしている。


「わた…しは…」

寒くて仕方ない筈なのに、身体中が熱くなったり冷たくなったりしているように感じながら、目頭が熱くなり始めたことも自覚しないまま。


「行こう、と、、、してます…」


自身を抱えるようにしていた掌は、上着をぎゅうと握り締める。


「…行って、どうするの?」


桂馬の声には、感情がなく、こんな時でも、何一つ、私は桂馬の動向を知ることができない。






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