いろはにほへと

「そうだよ、ひなは乗り越えたって、俺は言ったじゃん。なのにどうして…」
「なのに…!」


桂馬の言葉に被せて、私が小さく叫ぶと、驚いた桂馬が黙る。


「一瞬だったんです…」

「何が?」


トモハルのことを忘れるということ。
すごくすごく努力してきた。
そうじゃないと、忘れることなんてできないと思った。
その位、大変だった。
辛かった。

叶う筈ないという現実と。
桂馬の気持ちに応えたいという思いと。
周囲にもう迷惑をかけられない、心配させたくないという願望と。
自分から逃げたい自分。

それらの鎖でがんじがらめにして、気持ちを頑丈な箱に仕舞って、二度と開かないように、上に腰掛けて、抑えて。

その努力が一瞬で。


「頭の中が、…」


無駄になった。

全てが、呆れるほど、一瞬で、泡と化した。


「トモハルのことで…いっぱいになるのが……」







< 610 / 647 >

この作品のキーワード

この作品をシェア

pagetop