いろはにほへと
彼女が質問を言い終えた直後。
報道陣が俄かに騒がしくなり、バタバタと席を立つ。
「え、何?どうした?」
司会者も、関係者も突然の事態に驚きを隠せない。
「ルーチェがっ、渋谷ジャックだ!!!」
誰かが叫んだ一言に、会場全体がどよめいた。
「本当か!?」
「何でも会見も開くらしいっ」
「くそっ、なんでこんな急に…」
「間に合うか?!」
マスコミもカメラマンも血相を変えて、出て行く。
「はは…」
残された俺は、傍若無人な態度に、ムカつきすら感じずに、笑った。
同じように一人だけ残っている、最後の質問者が、困ったように首を傾げて、俺を見ている。
「貴女も急いだ方が良いんじゃないですか?」
彼女も報道の人間だ。同行していたカメラマンも居なくなってしまって、内心どうすれば良いのか困っているだろう。
行き易いように促すが、彼女はふるふると首を振った。
「いいえ。まだ、答えていただいていませんから。」
はっきりとした物言いと、正された居ずまいに、フ、とだけ笑って、俺は考える。
「ーーー世界が終わるとしたら…、俺は…」
ー笑い顔を目に焼き付けておけばよかった。
照明の明かりで、浮かんだそれも、ぼんやりとしか見えないまま、消えてしまうから。
「好きな人の背中を、押してあげたい。」
ー昨日、そうしていれば、もう一度、俺に笑ってくれたかな。
あんた達二人は、こっちが恥ずかしい位両思いだって、バレバレ過ぎて。
最初から俺には分かってたんだって。
だから、ちょっと邪魔したくなっただけだよと。
そう嘘を吐けば良かった、と。
益々不思議そうに首を傾げているボーイッシュな彼女の背後に目をやりながら、後悔した。