いろはにほへと
はたと気付く。
このさっきから流れているのはBGMと勝手に思い込んでいたけれど。
そうだった、今はコンサート中で、新曲の間奏中で。
浸っていたい気持ちもなくはないけど。
でもーーー
「駄目ですっ!」
非力なのは十分理解しているけど、それでもありったけの力を込めて、トモハルを押し返す。
「なんで?!」
雨の日に捨てられた子犬のように悲しそうに訴えるトモハル。
「なんでって何ですか!?あなたは、ルーチェのトモハルなんだから!特別な才能を持って、皆に求められてこの場所に居る事を感謝しているんでしょう!?」
「えぇー、でも、、、ひなの逃げちゃうかもしれないし…」
「どうやったらここから逃げられるんですか!?」
「駄目駄目、教えない。逃げられたら困るもん。」
もんて…もんて…
ついこないだまでのシリアスな私の葛藤は一体なんだったのだろうと拍子抜けする程、トモハルは最初に会った時のままだった。
私よりずっと大人なのに、私よりずっと何かを抱えている…筈なのに、子供みたいだ。
「兎に角、私はここにいますから!ちゃんと最後まで聴きたいんです。招待したのはトモハルですよね!?責任持って歌い切ってきてください!そしていつか言ってたみたいに、大きな花を咲かせてきてください!」
やや怒り気味に私が言うと、トモハルはあの人懐っこい笑顔を見せて。
「わかった。狂い咲かせてくるね。」
音を立てて、私の唇にキスをした。
「~~~~~~~!!!!」
へた、と腰を抜かした私を見て、満足そうに笑ったトモハルは、走ってどこかに消えた。