いろはにほへと
労さずして住むべからず
耳を塞ぎたくなる程の蝉時雨。



日本特有の湿度を含んだ暑さとボストンバッグが、長袖を着ている私にじっとりと汗をかかせる。




都会の喧騒から離れ、新幹線に乗って2時間。



駅から、バスを乗り継いで1時間。





自宅とは打って変わって多い緑達。



青々と茂る田んぼや畑が美しい。





そして、澄んだ空気。





「懐かしい…」




私は感慨深く数奇屋門を見上げた。


立派な表札には、藤崎という文字が掘り込まれている。


私の姓は中条だが、藤崎は母の旧姓だった。



この名字も私の趣味の範疇(はんちゅう)で、中々気に入っている。




こけら葺きの屋根をもう一度よく眺めて、私は鞄から鍵を取り出した。





「相変わらず、夏は雑草がすごいですね…」





内側に入ると広がる、荒れ放題の庭を見て、俄然やる気が湧いてくる。




時期の過ぎた藤の樹が、今年もまたつるをぐんぐんと伸ばしている。






「ただいま戻りました」





屋敷の玄関の鍵を開け、中に入ると、その埃っぽい匂いと、微かに混じる桧の匂いに、思わず挨拶の言葉が出た。




雨戸が締まったままになっている為、中は真っ暗だ。

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