いろはにほへと
それでも夜中寝つけなかったりすると―姫子さんは決まって書斎に居たから―こっそりとドアの隙間から中を覗いたりした。



すると、姫子さんは回転椅子に深く腰掛けて、くるりとこちらを向く。

どんなに静かにしていたって、どうしてか姫子さんは私に気付くのだ。




―『眠れないの?困ったわねぇ。。。』




そうして、徐に眼鏡を外し、中に招き入れてくれる。




恐る恐る近づく私の頭を姫子さんはとても優しく撫でて膝の上に乗っけると、必ず一冊の絵本を取り出して。





太陽と月の恋の物語を読んでくれた。







―どんな、話だったっけ。





温かい祖母の温もりと安心感で直ぐに眠りに落ちる私は、最後まで聞いた覚えがない。


そのうち絵本自体、どこかへ無くなってしまって、知る術もない。




―姫子さんのことを、思い出す暇もなかったな。




回転椅子の肘掛部分を指でなぞって、机に手を着いた。




あんな風に誰かに怒りをぶつけたことなんて、今まで無かったな、と思いながら。
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