明日の地図の描き方
記憶があやふや。会話に応じて答えてるようでまるで違う。この症状には覚えがある。
(どうしよ…関わりたくないな…)
一瞬そう思って、ドア閉めようとしたけど、会話してるお婆ちゃんの顔、ちらりと見えたら出来なくなった。
(何気ないフリして出かけよう。知らん顔してればいいんだから)
ドア閉めて、下向いたまま門扉に手をかけて、少しだけ様子見た。

お婆ちゃんの所持品、巾着袋一個。足元はキチンと靴履いてる。服装は季節に応じた物着てるから、誰かのヘルプはあるみたい。
…と言うことは、外出しようとして道に迷ったパターン?
(あの巾着袋の中、見せてもらえると助かるんだけど…)
いらないお世話と思いつつ、血が騒ぐ…じゃない、これ以上混乱してる姿、見たくない…。
カチャン…
門扉開けると、ポリスマンがこっち向いた。
「あっ…」
「あれ…」
二人して同時に声出した。そのまましばらく黙り込み、見つめ合う。
「小野山さん…」
「ま…前島さん…」
でき過ぎでしょ…って偶然に、声も出ない。そんな私達にお構いなく、お婆ちゃん、どんどん先歩いてく。
「あっ!ちょっと待って下さいっ!」
小野山さんの発した声にビクつき、振り返る。不安と混乱が入り混じった渋い顔。
ギュッ…と胸が締めつけられた。
門扉閉めて慌てて駆け寄る。
なんとかしたい…って無意識に動いてた。

「お婆ちゃん、こんにちは」
横について、声かけスマイル。相手もこっちを向いて、挨拶だけは返してくれた。
「はい、こんにちは」
人の良さそうな感じ。どの程度話が理解できる人かな…。
「私、すぐそこの家の者で、前島と言います。お婆ちゃんお名前は…?」
「私?私はね……え〜と…」
言葉が出てこない。つまり、思い出せないってことだよね。
「持ち物にお名前の書かれた物、持ってないですか?その巾着袋は?」
パッと見た感じ、名前はない。これはやはり、中を見せてもらうしかない。
「お婆ちゃん、お名前と住所、紙に書いてないですか?袋の中、確認してみて下さいますか?」
背を屈めて、相手より目線低くする。頼み事をする時は、特に丁寧にお願いする。
「そうねぇ…書いてる物、持ってたかね〜?」
素直に中見てくれる。いろんな紙切れが次々出てくる。それを一枚ずつ預かりながら、一緒に確認。
ティッシュペーパー、メモの切れ端、箸袋…そんな中で見つかった一枚のカード。
「これ、お名前書いてないですか?」
ラミネート加工してあるカード。手作りみたいだ。めくり返してみると、名前と住所が書かれてあった。
「笹本ハルヨさん…お婆ちゃんのお名前ですか?」
「そう。ハルヨは私よ」
「この下に書かれてあるのがご住所ですね。だったら私もご同行しますから、一緒にお家まで帰りませんか?このお巡りさんに、案内して頂きましょうよ」
「お巡りさん…?」
ジロリと睨まれ、小野山さん頭を下げた。
「私はケーサツにお世話になりたくないけど…」
悪い事してないのに…って勘違い。ポリスは理解できても、何故一緒に行動するのかが分からない。
「この人、笹本さんが安全に歩けるように、側で見てるだけですよ。お家の場所わかるのこの方だけですから、ご一緒してもらった方が早く帰れますよ…」
焦りたくなるけど焦らない。じっくり構えておかないと、イエスがもらえない…。
「…そ〜お?じゃあしょうがないねぇ…お願いします…」
カード手渡し、小野山さん確認。
「ここなら大丈夫。歩いて帰れる距離ですよ。歩けますか?」
「大丈夫。歩けるよ」
疲れた様子もない。側につきながら、様子観察しよう。
「じゃあ行きましょう。お巡りさん、お願いします」
お婆ちゃんの横で歩きながら、気を紛らすような事喋る。そういうのなら任せといて。
「私のお婆ちゃんもね、ハルヨっていう名前でした。優しいお婆ちゃんで、とっても可愛がってもらったんですよ。笹本さんにはお孫さん、いらっしゃいますか?子供さんは何人ですか?」
「子供は全部で五人産んだね〜上二人が男で、残り三人が女。孫は何人いたかね〜、長男の所に二人、次男の所に三人…」
どこまで正しい記憶か分からないけど、昔の話してる時はいい顔してる。
二ヶ月ぶりに高齢者と会話。思い出す職場での体験。少し前のことは覚えてなくても、自分が元気で若かった頃のことは良く覚えてる。
家族の話を取っ掛かりにして、いろんな話が飛び出してくる。戦争体験、嫁姑問題、それら全て、いろんな方から聞かされてきたこと。
(まさか、こんな形で耳にすることになるとはね…)
相槌打ちながら話を聞いて十分くらい経った頃、キョロキョロしながら歩いてる女の人に出会った。
「あっ…!お母さん‼︎ 」
血相変えて飛んでくる。どうやら娘さんっぽい。
「どこ行ってたの!駄目じゃない!勝手に歩いたら!」
ポンポン大きな声で怒鳴る。気持ちわかるけど、その辺で…。
(やめさせて…)
小野山さんに助け求めた。
相手は何も分かってないから、怖がらせないでやって欲しい…。
「笹本さんのご家族ですか?」
私の視線に気づき、間に割って入ってくれた。娘さんハッとして平謝り。
「どうもすみません…薬局で薬の説明受けてる間に出て行ってしまって…。すぐに探したんですけど、足が速くて見つけられなくて…」
深々と頭下げる。こうなると、娘さんも心痛だよね。
「お名前と住所の書かれたカードお持ちだったので助かりました。この方がご本人に声をかけて下さって、袋の中身を確認できたんです」
「まぁそうなんですか。どうもありがとうございます」
「あっ…いえ、そんな…」
お礼言われるようなことしてないし。ただ当たり前の事、しただけだし…。
こっちの会話、お婆ちゃん全然気にしてない。そしてまた、歩き始める。
「あっ!大変!じゃあどうも。本当にありがとうございました」
何度も何度も頭を下げて追いかけて行く。その背中を見ながら、ホッと一息。
(良かった…)
家族の元に無事返せた安堵感。何物にも代え難い。
「…ホッとしました」
頭の上から声がして見上げた。
「なかなかこっちの言うこと理解して頂けなくて、困ってたんです」
帽子を被った小野山さん、警察官らしく見えるね。
「前島さん、さすがにプロですね。見事な誘導ぶりでしたよ」
「そんな…」
(笑えない事いうな…この人…)
無我夢中で対応してただけなのに。
小野山さんから視線逸らす。なんかやばい。今頃胸がいっぱいになってきた…。
「私…失礼します…」
いつまでもポリスと一緒にいると、悪い事したみたい。
「ご協力ありがとうございました」
敬礼された。警察官って、几帳面だな…。
ぺこり…と頭を下げて向き変える。来た道帰ろうと思って、立ち止まった。



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