明日の地図の描き方
仕事を辞めた理由?
それは笑顔を作れなくなったから。
人相手の仕事、どんな時もスマイルで。
感情を押し殺して、相手の感情を読み取って…。
(エスパーじゃあるまいし、できる訳ないじゃん)
そうは思っても、私なりに必死だった。相手に合わせて言葉巧みに使って。時には嘘も方便で…。
でもある日、プツーン…と糸が切れて、一切笑えなくなった。
こういうのバーンアウト、『無気力症候群』っていう。
正に「燃え尽きた」って感じ。
「休職したら?」
上司の言葉は、私に死の宣告をしてるように聞こえた。
「今はとにかく辞めて、ゆっくりしたいです…」
ワガママだとは思ったけど、それ以上、自分を守る術がなかった。
辞めた後、しばらく悪夢にうなされた。
職場の同僚や部下から、散々文句言われる夢…
どんだけよ!って、目が覚めて思う日々だった。でもそんな夢も、一週間したら見なくなった。
気分が楽になったって言うより、もう関係ないやって気になった。
お見合いの日取りが決まるまでに、一度書類上の手続きがあって、職場へ顔を出した。
事務を担当してるお姉さん、私を見て驚いた。
「随分弾けたわねー」
半ば呆れ顔。
(人のこと、精神疾患みたいに言わないで。ただのイメチェンだってーの!)
仕事場での私しか知らない人、皆、唖然…。
あはは、明日中には、全職員が知る事になるね。きっと。
玄関の出入り口で、自動ドアに向かって言ってみた。
「開け〜明日!」
ガーッと開いたドアに思わずニッコリ。気分爽快だ。
駐車場は秋風が涼やかに吹き渡ってる。
さっきのおまじないみたいに、明日が明るくなってくような気がした。
車の所まで来たら、事務職の男性が走って来た。
「今日の格好、よく似合ってます!お元気で!」
一言言って去って行く。
まるで、中学の卒業式の日に、告白してきた下級生みたいに見えた。
「ふふふっ、似合ってるって!」
イメチェンして初めて褒められた!
(しかも男性に!万歳‼︎ )
つくづく私は単純だ。
仕事を辞めて、外見の見た目をちょっと変えただけで、これだけ幸せな気分になれるんだから。
そして記念すべきお見合いの第一回目。
待ち合わせは駅前の記念像の前。お相手は二つ年上の公務員さん。顔写真入りのプロフィール、一応念の為に持って来たけど…
(あっ!あの人かな⁈ )
…ってか、写真と違う…?
「あの…」
「え…と…」
お互い言葉に詰まった。
「あの…結婚相談所の方から紹介された前島さん?」
「そう言うあなたは小野山さん?」
うーん、お互い何故名前を確認したか。それは…
「お写真と随分…」
「違いますね…」
しーん…って、これ、まずいムードではなく、次の言葉が出ない状態。
少なくとも私は、写真以上に実物が良くて驚いた。
相手の方も、しばし私の顔をじっと見てる。
(しまった!今日のメイクは気合が入り過ぎてたかもしれない…)
ハッとして横を向いた。
「あっ…失礼しました。小野山亨(トオル)です。初めまして」
ようやく自己紹介…だね。
「前島美緒(ミオ)です。こちらこそ、初めまして」
相手のスマイルに合わせて、こっちもスマイル。
うん、第一印象はまずまずだね。
「とりあえず、何か飲みながら話しますか?」
彼からの誘いに、素直に応じた。
「そうですね。立ち話もなんですから…」
そう言って入った所は高校生じゃないけど、ファストフード店。「駅前」って時点で手っ取り早い。
「前島さん、お仕事は?」
うっ…のっけからその質問⁈ さすが公務員さん、お堅いですね…。
「仕事は先日辞めたんです…。ちょっといろいろあって、疲れてしまって…」
いろいろって所、あまり突っ込んで聞かないでよね。
「なんの仕事だったんですか?」
「人相手…サービス業です。三交替勤務のある」
ここまで言うと、大体見当つくかな。
「あー、じゃあナースとか…ですか?」
惜しいっ!頭の硬い公務員さんにしては、なかなか勘鋭いね。
「ナースではないけど、近い感じの仕事です」
「三交替って大変そうですね。友人にも医者がいるけど、朝昼夜もない仕事は三十五を過ぎたらできないって言ってました」
ははは…って、笑う所じゃないよ。そこ。
「そうですね。確かに体力的には厳しい感じします」
(だから辞めた訳じゃないけどね)
「それで?今後仕事はどうしますか?例えば、結婚した後とか、勿論、する前もそうですけど、何か始めるんですか?」
「え…と、そ…そうですね 、 取りあえず、今はもう少し休んでからゆっくり考えようかな…って。仕事はしなくちゃいけないと思ってますので…」
アバウトでごめんなさい。辞めたばかりで、すぐには次を考えられないのよ…。
初対面でこんな話ばっかしてると疲れる〜。第一印象まあまあだったのに、話堅過ぎでしょ…。
「前島さんは、どうして結婚相談所に申し込んだんですか?」
「へっ⁉︎」
「あ…いや、失礼な言い方かもしれませんけど、あまり結婚に前向きでない気がしたので…」
「ああ…はは…」
なんかこの人、意外にチェック厳しい。税務課かな。
「実は私、この年までお見合いって言うの、一度もしたことないので、どんな感じなのかな…って思いがちょっとありまして…。相談所に行ったら、お見合いできるかなって、そんな気持ちで…。小野山さんは?」
「僕はまぁ、程々にいい女性と出逢えるかな…と」
「程々?」
「はい。程々…です」
この人、私がテキトーだから、それに合わせてるよね、絶対。
「それで、程々の方とは会えなかったんですか?今までに」
少しイラッとしてきた。
「いえ、会える会えない以前に、今回初めてなんです。女性とお会いしたの」
「えっ⁉︎ 私が初めて?」
オドロキだわ、そりゃ…。
「はい。だから実はどんな話をしていいか、よく分からなくて…」
応用の効かない公務員さん、なかなかどうして素直じゃん。
「そうなんですか…。実は私も小野山さんが初めての紹介者なんですよね…」
こういう時、初対面同士って困るよね。
二十代前半の若い子ならともかく、私も彼も三十代だもん。すぐに打ち解けて会話なんて、まず難しいわ。
(でもなぁ…別に結婚したくてお見合いした訳じゃないし、単にお見合いってどんなものか、雰囲気知りたいってだけのつもりだったからなぁ…)
「あの…さっき私のこと、結婚についてあまり前向きに見えないって言われましたよね。何故そう思ったんですか?」
当たりだから、参考までに聞いとこう。
「うーん…まぁ質問に対する答え方が具体的でないって言うか、伝えようという意思が感じられないと言うか…僕、仕事柄毎日いろんな人の切実な思いを聞かされる窓口にいるので、この人は本気で喋ってるなとか、これは嘘だな…って見抜くのが仕事みたいな感じで。それでいくと、前島さんはあまり人に深入りされたくないって言うか、上っ面だけ体裁整えてるような気がしまして…」
「ははは…」
顔引きつっちゃう。初めて会った人に、ここまで言われる私って、一体何なの?。
「小野山さんの言ってること、ほぼその通りです」
えーい、開き直っちゃえ!
「私、実はお試しのつもりでお見合いしてみたの。今まで仕事ばかりして、やりたい事何もやらずにきたから、これからはしたい事やってみようと思って。でも…」
カタン。立ち上がって、ぺこりと一礼した。
「ごめんなさい。ちょっと考えがテキトー過ぎた気がします。私みたいなのに当たって、損した気分だったでしょ。次は他の方と上手くいくこと願ってます。失礼します」
「えっ⁉︎ あっ、ちょっと…」
小野山さんの顔見ずにその場から立ち去る。
優柔不断な考えから相談所に行ってバカだ。私は。
それは笑顔を作れなくなったから。
人相手の仕事、どんな時もスマイルで。
感情を押し殺して、相手の感情を読み取って…。
(エスパーじゃあるまいし、できる訳ないじゃん)
そうは思っても、私なりに必死だった。相手に合わせて言葉巧みに使って。時には嘘も方便で…。
でもある日、プツーン…と糸が切れて、一切笑えなくなった。
こういうのバーンアウト、『無気力症候群』っていう。
正に「燃え尽きた」って感じ。
「休職したら?」
上司の言葉は、私に死の宣告をしてるように聞こえた。
「今はとにかく辞めて、ゆっくりしたいです…」
ワガママだとは思ったけど、それ以上、自分を守る術がなかった。
辞めた後、しばらく悪夢にうなされた。
職場の同僚や部下から、散々文句言われる夢…
どんだけよ!って、目が覚めて思う日々だった。でもそんな夢も、一週間したら見なくなった。
気分が楽になったって言うより、もう関係ないやって気になった。
お見合いの日取りが決まるまでに、一度書類上の手続きがあって、職場へ顔を出した。
事務を担当してるお姉さん、私を見て驚いた。
「随分弾けたわねー」
半ば呆れ顔。
(人のこと、精神疾患みたいに言わないで。ただのイメチェンだってーの!)
仕事場での私しか知らない人、皆、唖然…。
あはは、明日中には、全職員が知る事になるね。きっと。
玄関の出入り口で、自動ドアに向かって言ってみた。
「開け〜明日!」
ガーッと開いたドアに思わずニッコリ。気分爽快だ。
駐車場は秋風が涼やかに吹き渡ってる。
さっきのおまじないみたいに、明日が明るくなってくような気がした。
車の所まで来たら、事務職の男性が走って来た。
「今日の格好、よく似合ってます!お元気で!」
一言言って去って行く。
まるで、中学の卒業式の日に、告白してきた下級生みたいに見えた。
「ふふふっ、似合ってるって!」
イメチェンして初めて褒められた!
(しかも男性に!万歳‼︎ )
つくづく私は単純だ。
仕事を辞めて、外見の見た目をちょっと変えただけで、これだけ幸せな気分になれるんだから。
そして記念すべきお見合いの第一回目。
待ち合わせは駅前の記念像の前。お相手は二つ年上の公務員さん。顔写真入りのプロフィール、一応念の為に持って来たけど…
(あっ!あの人かな⁈ )
…ってか、写真と違う…?
「あの…」
「え…と…」
お互い言葉に詰まった。
「あの…結婚相談所の方から紹介された前島さん?」
「そう言うあなたは小野山さん?」
うーん、お互い何故名前を確認したか。それは…
「お写真と随分…」
「違いますね…」
しーん…って、これ、まずいムードではなく、次の言葉が出ない状態。
少なくとも私は、写真以上に実物が良くて驚いた。
相手の方も、しばし私の顔をじっと見てる。
(しまった!今日のメイクは気合が入り過ぎてたかもしれない…)
ハッとして横を向いた。
「あっ…失礼しました。小野山亨(トオル)です。初めまして」
ようやく自己紹介…だね。
「前島美緒(ミオ)です。こちらこそ、初めまして」
相手のスマイルに合わせて、こっちもスマイル。
うん、第一印象はまずまずだね。
「とりあえず、何か飲みながら話しますか?」
彼からの誘いに、素直に応じた。
「そうですね。立ち話もなんですから…」
そう言って入った所は高校生じゃないけど、ファストフード店。「駅前」って時点で手っ取り早い。
「前島さん、お仕事は?」
うっ…のっけからその質問⁈ さすが公務員さん、お堅いですね…。
「仕事は先日辞めたんです…。ちょっといろいろあって、疲れてしまって…」
いろいろって所、あまり突っ込んで聞かないでよね。
「なんの仕事だったんですか?」
「人相手…サービス業です。三交替勤務のある」
ここまで言うと、大体見当つくかな。
「あー、じゃあナースとか…ですか?」
惜しいっ!頭の硬い公務員さんにしては、なかなか勘鋭いね。
「ナースではないけど、近い感じの仕事です」
「三交替って大変そうですね。友人にも医者がいるけど、朝昼夜もない仕事は三十五を過ぎたらできないって言ってました」
ははは…って、笑う所じゃないよ。そこ。
「そうですね。確かに体力的には厳しい感じします」
(だから辞めた訳じゃないけどね)
「それで?今後仕事はどうしますか?例えば、結婚した後とか、勿論、する前もそうですけど、何か始めるんですか?」
「え…と、そ…そうですね 、 取りあえず、今はもう少し休んでからゆっくり考えようかな…って。仕事はしなくちゃいけないと思ってますので…」
アバウトでごめんなさい。辞めたばかりで、すぐには次を考えられないのよ…。
初対面でこんな話ばっかしてると疲れる〜。第一印象まあまあだったのに、話堅過ぎでしょ…。
「前島さんは、どうして結婚相談所に申し込んだんですか?」
「へっ⁉︎」
「あ…いや、失礼な言い方かもしれませんけど、あまり結婚に前向きでない気がしたので…」
「ああ…はは…」
なんかこの人、意外にチェック厳しい。税務課かな。
「実は私、この年までお見合いって言うの、一度もしたことないので、どんな感じなのかな…って思いがちょっとありまして…。相談所に行ったら、お見合いできるかなって、そんな気持ちで…。小野山さんは?」
「僕はまぁ、程々にいい女性と出逢えるかな…と」
「程々?」
「はい。程々…です」
この人、私がテキトーだから、それに合わせてるよね、絶対。
「それで、程々の方とは会えなかったんですか?今までに」
少しイラッとしてきた。
「いえ、会える会えない以前に、今回初めてなんです。女性とお会いしたの」
「えっ⁉︎ 私が初めて?」
オドロキだわ、そりゃ…。
「はい。だから実はどんな話をしていいか、よく分からなくて…」
応用の効かない公務員さん、なかなかどうして素直じゃん。
「そうなんですか…。実は私も小野山さんが初めての紹介者なんですよね…」
こういう時、初対面同士って困るよね。
二十代前半の若い子ならともかく、私も彼も三十代だもん。すぐに打ち解けて会話なんて、まず難しいわ。
(でもなぁ…別に結婚したくてお見合いした訳じゃないし、単にお見合いってどんなものか、雰囲気知りたいってだけのつもりだったからなぁ…)
「あの…さっき私のこと、結婚についてあまり前向きに見えないって言われましたよね。何故そう思ったんですか?」
当たりだから、参考までに聞いとこう。
「うーん…まぁ質問に対する答え方が具体的でないって言うか、伝えようという意思が感じられないと言うか…僕、仕事柄毎日いろんな人の切実な思いを聞かされる窓口にいるので、この人は本気で喋ってるなとか、これは嘘だな…って見抜くのが仕事みたいな感じで。それでいくと、前島さんはあまり人に深入りされたくないって言うか、上っ面だけ体裁整えてるような気がしまして…」
「ははは…」
顔引きつっちゃう。初めて会った人に、ここまで言われる私って、一体何なの?。
「小野山さんの言ってること、ほぼその通りです」
えーい、開き直っちゃえ!
「私、実はお試しのつもりでお見合いしてみたの。今まで仕事ばかりして、やりたい事何もやらずにきたから、これからはしたい事やってみようと思って。でも…」
カタン。立ち上がって、ぺこりと一礼した。
「ごめんなさい。ちょっと考えがテキトー過ぎた気がします。私みたいなのに当たって、損した気分だったでしょ。次は他の方と上手くいくこと願ってます。失礼します」
「えっ⁉︎ あっ、ちょっと…」
小野山さんの顔見ずにその場から立ち去る。
優柔不断な考えから相談所に行ってバカだ。私は。