明日の地図の描き方
「すみません藤堂さん、ありがとうございました。おかげで助かりました」
一応お礼。二人の言葉に、圧倒されてた所だったから。
「いえいえ。それにしても前島さん、やっぱり只者じゃなかったんですね。出世株のリーダーなんて、なるほど、納得ですよ」
納得…?されても困るよね。
「お仕事、どうして辞められたんですか?さっきの子達、体調がどうとか言ってましたけど…病気ですか?」
ブラックコーヒー飲みながら、藤堂さん聞く。本来なら、話したくもないことだけど、助けてもらった手前もあり、少しだけ教えた。
「忙し過ぎて疲れが溜まって、体調崩してしまったんです…」
「ああ、眠れなくなったり…とか?」
「はい、まぁ…」
それ以上聞かないでね。あんまり思い出したくないから。
「交替性の勤務って大変そうですからね…。でも、今の仕事ぶりだと、体調の方はもういいんだ」
「うん、今はすっかり元気です」
仕事辞めて“お試し”いろいろやってたら、復活したのよ。いつの間にか…。
(勿論、以前より楽な気持ちで働いてるのもあるけどね…)
『ほのぼの園』が、心の拠り所になってのは確か。少しずつ、以前のような仕事ができるようになってた。
「ところで、藤堂さんのお話って何ですか?何か悩んでるんですか?」
待ち合わせの本題、こっちだった。
「ああ、あれね、冗談です。悩みなんてありません。ただ同年代の前島さんと、話してみたかっただけです。」
…唖然。
やっぱり…と言うか、最初から嘘っぽかったと言うか、とにかくトオル君…ごめんなさい。
呆れた顔してても、藤堂さん気にも止めず、あれこれ聞いてくる。もういいや、どうせ一回きりだもん。
「前島さんの風貌って、前の仕事場と今とでは違うんですか?さっき雰囲気変わったって、相当言われてたけど」
「そんな前からお店にいたんですか⁉︎ 」
(だったら早く声かけてくれれば良かったのに…)
「いたって言うか、あの子達の声やたらデカかったし、入ってすぐ聞こえたんですよ」
不可抗力です…って、確かにあの二人、声だけは大きいもんね…。
「今と髪の長さ、真逆でした。ロングで仕事中は束ねてお団子にして。メイクも地味目だったし、カラーもしてなかったし」
頭の中で少し想像したらしい。藤堂さん、かなりウケてた。
「優等生から不良にチェンジしたくらいの差あるじゃないですか!相当、ストレス抱えてたんですね」
趣味なかったんですか…って、笑いながら聞かれても。
「あってもできなかったんです!気持ちにも時間にも余裕なくて!」
怒りながら反論。これがトオル君だったら、きっと怒れてないよね。
「へぇー、そんなに気持ちや時間に余裕ないと、趣味ってできないもんですか?大体その趣味って何ですか?」
「えっ⁉︎ えーと…」
(まずい…この話、まだトオル君にもしたことないや…)
「ひ…秘密です!人に話せるような高尚なものじゃないし…それに今、ちっともしてないから、趣味でもなんでもないし…」
彼氏でもない人に、自分の趣味まで話せないよ。
「秘密にするなんて、何か裏でもあるんですか?」
「えっ…」
「何でも隠そうとするの、前島さんの悪い癖ですよ」
「えっ…⁈ えっ…⁈ 」
な、なに、この人、なんでそんなの言うの⁉︎
「前島さん…」
「は、はいっ‼︎ 」
ビクついて返事した。藤堂さん、それが可笑しかったみたいで、お腹抱えて笑いだした。
「な、何ですか、もうっ…!」
「す…すみません…前島さんがあんまりバカ丁寧な返事するもんだから、可笑しくて…」
くくく…と、笑い噛み締めてる。やだなぁ。
呆れたまま見てたら、藤堂さん呼吸整えて私に言った。
「前島さんって、可愛いですね」
「はっ⁉︎ 」
「俺と付き合いません?」
「えっ…⁉︎ 」
言い寄られないか…って、トオル君の言葉、とっさに思い浮かんだ。
「初めて見た時から好印象だったんですよね。だからお願いします」
お願いしますと、言われても…。
「ごめんなさい、無理です」
胸の中チクチク。トオル君の言葉がトゲのように刺さった。
「私、付き合ってる人がいるから…」
その人ポリスなんです…て言ったら、藤堂さんビックリするだろうね。
ガクッ…と大げさにうな垂れた。話を聞くと、玉野さんにもフラれたんだって。お気の毒。
「こんな仕事してると、なかなか女性に巡り会わなくて…」
「えっ⁉︎ そうなんですか?」
保育士さんって、どう見ても男性より女性の方が多い筈なのに。
「いいなと思う人には、既に彼氏がいたり、ダンナがいたりするんです」
「はぁ…そうなんですか…」
私が前に勤めてた所は、彼氏なしの未婚女性が沢山いましたけどね…と、そんな話や別の話をいろいろしてたら、すっかり遅くなってた。
(ヤバイ…もう八時だ…)
「あ、あの藤堂さん、私そろそろ帰ります」
二人でいる所にトオル君から電話あったらマズイもん。
「そうですね、すっかり長くなってしまって、すみません。お疲れ様」
フラれた事も忘れてケロッとしてる。
「お疲れ様でした」
チャリ漕いでく背中見送る。藤堂さんって、ホント軽い。あんなだから女性にもフラれるんだ。
(私とだって、まだ数える程しか会ってないし、どんな性格かもよく分からないのに交際申し込むなんて、どうかしてる)
…とは言っても、トオル君ともたった四回しか会ってないのに、付き合い始めた。
(でも、藤堂さんよりトオル君の方が、余程信用できるけど…)
ポリスだからっていうんじゃないよ。単に人間性の問題。
トオル君には安心感がある。一緒にいて、ホントに気持ちが落ち着く。もっと一緒にいる時間欲しいなって、心から思うくらい…。
「あっ…!」
そうだ、今日のこと、バレたらとっても恐いかも…。
(…だからって、先に報告するのも…)
怒ってるような時の顔、思い出すと勇気出ない。だってさ、迫力違うんだもん。やっぱそこは、警察官の威圧感みたいなものがあって。
黙っておくのもイヤだけど、言い出すこともできないまま日が過ぎて、久しぶりに朝からデートしてた時ーー
バッタリ会っちゃった。あの二人に……。
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