明日の地図の描き方
「はぁ〜…」
大きく反省。
本気で結婚しようとも思ってないのに、相談所に行って…。相手の方に失礼だ。
……と言っても、さっきの小野山さんって人、私のこと言えないくらいテキトーだったよね。
多分私が本気じゃないって、見抜いてたからだろーけど。
「…やっぱ難しいな。人に合わせるの…」
疲れた。会ってたった十五分程度しか話さなかったのに。
どうするお見合い。次の人紹介されても、また会うべきか…。
「いや、もう一回だけでいいや」
どうせ“お試し”のつもりだったから。

…ってことは、あと残ってるやりたい事は「旅行」くらいか。
う-ん、さすがに一人旅、寂しすぎるなぁ…。

「…で、アタシの所に来たって訳?」
「そうです…」
隣の家に住むイトコの理子ちゃん、はー…っと深く溜め息ついた。
「旅行一緒に行こうって、どこ行く気?国内?国外?」
「とりあえず近場で温泉とかどう?」
「近場で温泉ね…」
ふーん…て理子ちゃん、つまんなそう。
「まあいいか。旅行代金全額持ってくれる?ならついてってもOKよ!」
さすが大学生。ケチ…ってか、そもそもお金ないのか。
「わかった。交通費と宿泊代は持つ。後は自腹で」
こっちも現在無職の身。そんなにカンタンにお金は出せないもんね。
理子ちゃんちょっと不満顔。でもストレスの多い大学四年生。就活中の彼女にも、気分転換はいるはず。
「仕方ない。それでいいことにする」
「決まり!じゃあいつ行く?次の土・日とか?」
「待った!土日祝日は料金高くなるから週の半ばがいいよ!火曜とか水曜とか」
「じゃあ来週の火・水でね」
二人でどこ行くか案出し合って、近くの温泉宿の空き部屋状況聞いて確保!
「ナンパされたらどうしよー!」
いいな。若い子は。考えることが単純で。
「旅行先のナンパなんて、乗らない方がいいよ」
「えーっ…ミオちゃん堅ーい‼︎ 」
「堅い柔らかいなんて関係ないよ。通説。ロクでもないって」
「ぶーっ…考えるくらいいいじゃん、ケチ!」
(…なら好きなだけ言っときなよ…)

ーってな訳で、十一歳年下のイトコと旅行。
本当はお見合いで出会った彼と…なんて考えてたけど、早くもそれ挫折しちゃったし、理子ちゃんくらいが私には似合ってる。

それでもって、あっという間に日が経って、旅行の前日。
入会してすぐに退会した相談所から電話があった。
「あなたが退会される前に、是非お会いしたいって申し出があったんですが、会ってみられませんか?私もオススメしたいような方ですよ」
アドバイザーもオススメするような男性…うーん、ちょっと気になる。
「お仕事は何してる方ですか?」
「公務員さんのようですよ」
「公務員…」
一回目のお見合い相手、小野山さん?だっけ。あんな感じの人かな?だったら嫌だけど…。
「少し考えさせてもらっていいですか?木曜日にお返事します」
「相手の方は一日でも早くあなたにお会いしたいみたいでしたよ。木曜日と言わず、即決できませんか?」
(どーしてそんなに焦るの…バカバカしい…)
「だったら会いません。私は若くないけど、焦りたくないので」
勿体無いわねー、素敵なのにー…とか何とか、ブツブツ言うアドバイザーさん、そんなに言うなら、あなたがお見合いしなさいよ。
「すみませんけど、私、明日早いので。今から用事もありますから失礼します」
ケータイ切っちゃう。付き合ってられないよ。
見ず知らずの公務員さん、折角私と会いたいと言ってくれたのにごめんなさい。
私はもう、焦っていろいろ決めたくないんです。

十二年間の仕事の中で、それなりに指導的立場にいた。
矢継ぎ早に言われる仕事に追い詰められて、逃げる事もできなくて、次から次に即決で決めていった…。
判断が正しいか正しくないかなんて二の次で、振り返る余裕もなくて。
そんな中で生きてきて、調子崩して笑えなくなったのに、今更その場しのぎの即決なんて、勘弁してほしいよ。ホント。

「ミオちゃん暗ーい‼︎ 」
理子ちゃんの声にハッとした。
「あ…ごめん」
揺れる電車の中、私かなりボンヤリしてたみたい。
「旅行行こうって言ったの、そっちなんだよ!」
(そうでした…)
「ごめんね。ちょっと考え事してたから」
「ミオちゃんの悪い癖だよ!考えすぎ!」
「あはは…ホント、反省してます」
十一歳年下のイトコに叱られる私…情けなぁ…。
二人で朝から缶ビールで乾杯。駅弁食べて、温泉三昧して、美味しい夕食食べたのに、夜中になったら眠れなくて、バッチリお目覚め。

理子ちゃんは…ぐっすり…だよね。この子、人のお金だと思って、夕食の時、散々アルコール飲んでたから。
「しようがない。中庭でも散歩しよ…」
日本庭園をフラフラ一人歩き。不用心って言えば、不用心だったかも…。
「彼女一人?」
声かけられて振り向いた。
「あっ…」
「えっ?…あっ…」
どっかで見たことあるこの人…って、この間会ったじゃん!
「お…小野山さん…?ですよね…?」
やば〜って顔してる。そんなに思うなら、何故声かけたりしたのさ。
「こんばんはー、すごい偶然ですね。ご旅行ですか?」
たった一度しか会ってないのに、つい話しかけてしまった。旅行中のナンパには、乗らない方がいいって自分が言ったのに。
「はぁ、まぁ、そんなもんです…」
苦笑いしてる。そりゃそうだよね。旅先で女性に声かけたら、お見合いした(と言ってもたった一度会っただけの)相手だもん。
「ま…前島さんも…ご旅行ですか?」
あら、私の名前、覚えてたんだ。へぇー感心。
「ええ。イトコと」
月明かりの下、薄暗い庭の中で話す。ムードも何も無いけど。
「あまり旅行とかした事ないせいで、目が冴えてしまって。ついフラフラ散歩を…。まさか人がいるとは思わなかったので…」
自分の軽率さに照れ笑い。これって、相手が一度でも会ったことある人だからいいんだよね。
「実は僕も、まさか人がいるとは思わなかったんで、つい軽く声かけてしまって…」
ふーん…。その割りには、どこか慣れた雰囲気漂ってたけど…。
横目でチラ見してる私に、小野山さんゴホン…と軽く咳払い。狼狽えぶりが面白いったらない。
「そう言えば、あれから如何ですか?婚活。良いご縁はありました?」
その質問に、小野山さんアッサリした返事。
「いえ。まだ前島さん以外、どなたとも会っていません」
「えっ⁉︎ あ…そうなんですか…」
しまった…。私とのお見合いが印象悪すぎたか…。
「前島さんは?その後お見合いされましたか?」
する訳ないじゃん。退会したんだからさ。
「えー…っと私、相談所退会したので…」
私の答えに小野山さん、えっ…と驚いて謝った。
「すみません…僕がこの間、言った事のせいですね」
「えっ⁈ ああ、 あの結婚に前向きでないってことですか?あんなの気にしてませんよ。あの時も言ったと思うけど、“お試し”お見合いだったんです。一度したらそれで良かったんです。だからすぐに退会しました。本気で結婚したいと思ってる方に、失礼ですから。私みたいなの…」
(そうは言っても、ここでこの人と、もう一度会うとは思ってなかったんだけど…)
やっぱり謝っておいた方がいいか、あの時の無礼な態度。

「その節は、遊び半分な感覚ですみませんでした。話もそこそこに席を立ってしまって…申し訳なかったです…」
三十三歳の大人として一礼。人相手に仕事してた頃、モットーにしてた。「一期一会」の精神。
きっと多分、この人とはもう二度と合わないから、きちんとした態度で別れたい。
「そんなにキッチリ謝られると、こっちも申し訳なくなります」
小野山さん、困ったような顔した。
「あの後、言いにくい事ズバズバ言ってしまった気がして、すごく反省してたんです」
あー…真面目な人。さすが公務員さん。
「だったら今日から心配無用ですね。お互い」
私の言葉に小野山さん、すぐに笑顔見せた。
「そうですね。一安心です」
ほっ…良かった。これで気持ち良く別れられる。
「じゃあ、失礼します」
いい加減、寒くなってきた。
「送りますよ。部屋まで」
「えっ⁉︎ だ、大丈夫ですよ。一人で戻れます」
「いえ、大丈夫じゃないですよ!前島さん、送ります」
「いえ、ホントに大丈夫だから…」
子供じゃないからって、つけ加え。なのに。
「いけません!一人でなんて…」
えーいっ!しつっこい!
「大丈夫ですって、言ってるでしょ‼︎ 」
いい加減、ムカついて声上げた。そしたら…
「夜中に一人でウロついて、何かあったら困るから送るって言ってんだろーがっ‼︎ 」
……逆に怒られちゃた。
あまりの迫力に目も点…。
「あっ…いえ、あの…すみません。つい職業病で…。女性の一人歩きは危険ですから、送らせて下さい」
もしかして、この人って…
「小野山さんのお仕事って…警察官か何か…ですか?」
公務員で勘鋭くて、妙なまでの護衛感。
「はは…バレちゃいましたか…」
認めると同時に小野山さん、私を連れて中に行った。
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