明日の地図の描き方
「前島美緒さん」
「は、はいっ…」
ドキッ!
不意にフルネームで呼ぶなんてズルイよ、トオル君。
「な、何ですか?」
じっ…とこっち見たまま黙ってる。思わず聞いちゃったよ。
「これからもずっと、この手で僕のこと、癒してくれますか?」
ぎゅっと手に力こもる。それを見つめる私の耳に、この囁き…。
「一生…」
(……一生?)
思考回路、停止。顔を上げずに同じ姿勢のまま、ゆっくり考える。
(…一勝?いや、一生…?一生って、あの人生の終わりまでを示す、あの言葉…?)
ポカンとしたまま顔上げた。ニコッと笑うトオル君、可愛いな…じゃない…
「ええっ⁉︎ 」
言葉の意味、急に理解できた。
(今、私、プロポーズされた⁉︎ )
「ト…トオル君…⁉︎ 」
信じられなくて、ぎゅっと手に力入る。その手を握ってる彼が、優しく撫でた。
「誰かと結婚する時は、自分から相手に言おうと決めてたのに、ミオが言うんだもんな…。メンツ丸潰れだろ?そのまま了解したら」
だからあの山頂で、わざと「しない」って言ったんだって。
「僕のこと、癒してくれる?ミオ、返事は?」
「…モチロン…するに決まってる……」
じわっ…
涙浮かんだ。プロポーズって、やっぱするよりされる方が感動する。私…今、世界一幸せかも…。

「でも、ミオ、覚悟はできてるよな?」
真面目な顔つき。どんなに嬉しくても、甘い雰囲気にばかり浸らせてはもらえない。
「今日はあっても、明日はないかもしれない。急に一人で未来図描くことだって、十分あり得るんだから」
(そんな相手と結婚しようとしてるんだ…私は…)
肝に銘じる。
(今日から一日一日、ホントに大切に生きなきゃ…)
「だから…」
「大丈夫」
包まれてる手握り返し、トオル君に誓った。
「“お試し” はもう、卒業するから」
人生の中で得なんかしなくていい。私はもう十分過ぎるくらい、大事な宝物を手に入れた…。
「これからは、明日の為に、今日という日を大切に生きる」
明日の地図を描く原動力は、トオル君、貴方だけれど…それだけにならないように、周りを見て足元確認して、そして時々、過去も振り返りながら…
(描いて行く、未来図…。自分自身の為に……)


「…じゃっ、行こうか」
立ち上がってトオル君、私に声かけた。
「どこへ?」
見上げて聞く。ニヤリと笑うその顔、自信に満ち溢れてる。
「スケート場。今日こそミオを独り立ちさせる!」
力強い言葉。趣味飛び越えて、特技の域だもんね。
「私、一人で滑れるようになるのかな… 」
立ち上がりながらつい弱音。だって怖いから。
「大丈夫!僕がついてる」
任せなさい…って、ふふっ。頼もしい。
考えてみたら、スケートにしても山登りにしても、辛い時や怖い時は、いつも助けてくれたよね。
(私の大事な人…かけがえのない、たった一つの宝物…)
いつまでも残しておきたい…。
貴方との大切な時間……。

「じゃあ、行こっ!」
腕組んで歩く。
この頼もしい腕の感触も忘れないように、胸に焼きつけておこう。
明日の地図、描いていく為にーーー…
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