明日の地図の描き方
ロビーのソファに座り、あったかい物飲みながら話を聞いたら、交番勤務してることが分かった。
「仕事柄、何気なく庭を歩いて回ってたら、女性が一人でいるのが見えて、危ないなと思いまして…。普段と同じ口調で声をかけると、ビクつかれると思ったんで、ついあんな風になってしまって…」
ここへはプライベートで来たって割りに、やってる事はポリス抜けてない。
(変な人…ってか、お気の毒な人…)
でも、なんとなく分かる。私も仕事してた頃、やっぱりあったもん、職業病。
「大変な仕事ですもんね、ポリスって…」
詳しくは何も知らないけどね。
深夜二時のロビー。非常口の灯りと消火栓の灯り以外何もない。
あっ、そうか。自販機の明かりがあった。
そんな中で一度しか会ったことのない人としみじみ話してる私って、一体何しに旅行へ来たのやら。
(これじゃーお見合いの続きだよ…)
気分はお見合いより、顔見知りとの再会って感じだけど。

「前島さんのしてた仕事って、三交替だと言ってましたよね。僕もそうですけど、まさか同業ですか?」
「ぶっ‼︎ 」
思わず吹き出した。そんな事、ある訳ないじゃん!
「ち…違う…違います!全然っ!」
ごめんなさい。なんとか我慢しようかと思ったけど、しきれない。笑っちゃう。
あっははは…て、思いきり声出てしまった。
私の笑い声、結構響いたっぽい。小野山さん、慌てて指立てた。
「しーっ!」
「あ…す、すみません…つい可笑しくて」
久しぶりに涙出たよ。笑いで。
「同業じゃなければ何ですか?ナースに近い仕事って言ってましたよね?」
「福祉系サービス業…って言えば分かります?」
「あーっ、なるほど!そっちか!」
やっと納得いったって感じ。良かった。
「僕も時々人探し手伝わされるんで、大変さ分かりますよ。どうしてもほら、行方が分からなくなるでしょ。ご病気とかで」
「ふふ、そうですね。あーいう方達って、私達と見えてる世界違いますから」
一歩現場を離れてみたらよく分かる。
合わせるのは大変だけど、一番合わせてやらなきゃならない人達なんだ…って。
一生懸命してた頃は、それが当たり前で慣れていて、優しくしてやらないといけない所で、できない時もあった。
自分の神経すり減らして、ずっとやるには厳しすぎる仕事…。
「自分の思う場所に物がなかったら混乱して、自分の思うような言葉が返らなくても混乱して、段々訳が分からなくなって、最後には大興奮になっちゃって…」
笑ってるけど、気持ちどんどん塞がってく。
やばい。これ以上話してると旅行に来た意味がない。
「仕方ないですよね。人だから」
私のセリフ、唐突すぎた?小野山さん、へっ⁈ て顔してる。
「誰だって、その人の全てを理解できないでしょ。どんな普通の人でも」
「ああ、まぁ、そうですね」
警察官ってな割りに…いや、だからか。改めて知った的な感じかな、この人…。
(フッ…やっぱり所詮、公務員さん…だな…)
「あ…っと、あの、私そろそろ部屋に戻ります。小野山さん、これご馳走様でした」
空っぽのココア缶振ってお礼言った。
「多分もう会うこともないと思うので、これからもお元気で。お仕事頑張って下さい」
最後にスマイル。二度と会うことないからこそ、ラストは笑顔。
「おやすみなさい」
立ち上がって、部屋の方に向き変えた。
「ちょっと待って下さい!」
「えっ?」
小野山さんの声に振り向いた。
「また会って下さい」
「はっ?」
「僕と、また会って下さい」
「えっ…?」
なんで⁈ ってか、どうしてそうなる⁈
「僕、もう少し前島さんがどんな人か知りたいんで」
「う…」
う〜ん…。それって、どういう意味〜⁈
「私なんか知っても、どうしようもないですよ。きっと…」
「そんなの、知らないと分からないでしょう。僕は貴女のこと、もっと知りたいんです。だからまた是非…」
(いや、だから…そっちがそう思っても、こっちはあまりそういう気もないし…)
ーーとは思ったけど…
(あっ、そうか。これも“お試し”みたいなもんだと思えばいいのか)
仕事してたら、男性とも巡り会わなかった訳だしね。
「あ…じゃあ、またお会いしますか?でも、何度も言いますけど、私のこと知っても仕方ないですよ。なにせ“お試し”でお見合いしようって思うくらい、テキトーな人間ですから」
自己否定してる訳じゃなく、完全に肯定したつもりだった。
「僕には、そんな適当には見えません。あっ…この前すごく失礼な事言ったのに、何言ってんだと思うかもしれませんけど、今話してて、前島さんの本質は違う気がしたので…」
「…違わないと思いますけど…まぁそこまでおっしゃるなら…」
次いつ会いますか?って、日程と場所決めて、その夜は別れた。

「……ねぇミオちゃん、どーしたの?」
朝食食べながらぼーっとしてる私の目の前で、理子ちゃんが手を振った。
「夕べ飲みすぎた?まだ酔ってんの⁈ 」
「えっ⁈ よ、酔ってなんかないよ」
あんたよりも飲んだ量、断然少なかったじゃん。
「単なる寝不足。夜中間が覚めて、しばらく眠れなかったから」
思い出したようにご飯口に入れる。
やばいやばい。理子ちゃんに夜中の事、悟られないようにしなくちゃ…。
(前に一度会った事あるって言っても、誘いに乗ったの確かだしね…)
十一歳も年下のイトコに、後ろめたさ隠したまま終えた旅から一週間後、三度目の顔合わせ。

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