明日の地図の描き方
中へ入って、スーッと感じた冷気。その冷んやり感に誘われるように進むと…。
「わぁ…」
ホントにリンクだ。
へぇー…って、感動してる場合じゃないよね。
スケート靴借りて、履き方教わって、なんとか履くには履けたけど…
「立てません…」
当たり前ながら初めてなので、無理。
なのに小野山さん、どうしてそんな普通に立ってられるの⁈
リンクに一番近い場所で靴履いたから、あの壁に寄り掛かりさえすれば、何とか立てるかもって気はするけど…。
「えっ…?」
手が目の前に伸びてきた。目線上げると小野山さん、平然とした顔で見下ろしてた。
「捕まって下さい」
捕まる…?ポリスに…?あ、違う意味でね。
「恐れ入ります」
手の上に手を乗せてみた。うわ…あったかい…。
「じゃあいいですか。立ちますよ」
ヒョイ…と言うより、フワッ…て感じでお尻上がった。
(あ…立てた…)
「いいですか。じゃあそのまま、足元「ハ」の字で進んで下さい」
(は⁈ ああ、カタカナの「ハ」ね…)
チョコチョコと小さな子供みたいに歩く。数歩で何とか壁まで到着。助かった。
「そのままリンク行きますよ」
小野山さん、言うが早いか、自分はさっさと氷の上。
「はい、前島さんもどうぞ」
どうぞって…カンタンに言われてもさぁ…。
とりあえず、片手は捕まえてもらったまま、片手は壁側の手すり持って、左足だけ氷の上に置いた。
(あ…なんだ、意外に固い。そっか。こんななんだ。氷の上って…)
ゆっくり、右足もリンクに…。
きゅっ。
小野山さん、私が滑らないように、しっかり手握ってくれた。おかげで安心して両足着氷!
…って、ここまではいいよ。でもここから先が問題。
「前島さん、手すりから手離して。両手僕に捕まって下さい」
「えっ⁉︎ 」
「手引っ張って、滑らせてあげるから」
にっこり笑ってらっしゃいますけど、もしかしてそれ、最初から目的でした⁈
「ほら早く!後ろの人がリンクに出れませんよ」
振り向くと、確かに二、三人立ち往生してる。
(えーい!もう、知らない!)
パッと離した手を、小野山さんキャッチした。
「そのまま。足動かさなくていいですから、背筋真っ直ぐで、棒立ちでいて下さい」
(棒立ち⁈ そんなの言われても…)
って、あら…?進んでる!
前にいる小野山さん、器用に後向きに滑ってる。
「ホ…ホントにお上手ですね。習ってたんですか?」
ユラユラしてる私の足元と違って、小野山さんの足元、まるでスケート選手みたい。安定した滑りって言うか、滑らか。
「習ってはないけど、子供の頃から好きでよく来てたんです。ほら、夏とか涼しいでしょ。氷の上って」
「えっ…ここって、夏もスケート場やってるんですか⁈ 」
おどろきー…この温暖化の時代、真夏に氷。エネルギー問題無視だよね。
「意外とね、夏場の方が人気なんですよ。子供達も夏休みで沢山来ますから」
「あ…なるほどね…」
話しながら滑らせて頂いてるうち、少し慣れてきたのか、足元のユラユラなくなった…と言うか、なんとなくコツ掴んだ。
「そっか。爪先を少し外向けると安定するんですね」
膝関節外に向くから、下手するとガニ股っぽくなるけど、この姿勢、いわゆるバレエのポーズみたいだ。
「そうそう。前島さん、のみ込み早いですよ」
…と言うより、この立ち方、多分慣れてるだけ。十二年間の仕事で積んできた、修行の成せる業ってやつ⁈
「じゃあ次は少しずつ足を前に出してみて下さい。大丈夫。僕がいるから転ばせません」
信用してって言う小野山さん。別に疑ってなんかないけどさ…。
(この足を出すのって、案外と難しいよね…)
「スーッと爪先斜め前に外向き加減に出すといいですよ。蹴り出す感じで」
「え…と、こうですか⁈ 」
石蹴りみたいに足出してみた。
スーッ…
(あっ!できた!)
じゃあ反対も同じ要領で。
スーッ…
「上手い上手い!その調子!」
小野山さんのおだてに乗っちゃう。さっきから私、下ばっか見てるよね。
でも、それだけ真剣ってこと。だって、小野山さんに手離されたら、間違いなく転ぶもん。
そのまま足慣らしで一周して、さすがに膝、ガクガクしてきた。
「すみません小野山さん、ちょっと休んでいいですか?膝が痛くて…」
完全に運動不足。仕事辞めてからこっち、身体動かしてなかったから。
「あっ…そうですね。休憩しましょう」
氷から床に上がる。滑らないから立つには立てるけど、今度は歩きにくい。
チョコチョコ「ハ」の字で椅子まで到着。膝ガクガクするから、小野山さん、座るまで手伝ってくれた。
「大丈夫ですか?」
手離して、しゃがみ込んで聞いてくれる。いいな、こういうシチュエーション…。
「大丈夫です。小野山さん、私に構わず滑って来ていいですよ」
好きなんでしょ?と聞くと困り顔。自分で誘っといて、気兼ねするなんて、どうなのそれ。
「どれくらいお上手か見せて下さい…ねっ⁈ 」
こっちが気遣ってやんないといけないとは…お巡りさん、頼むよ。
「じゃあ…少しだけ滑ってきます」
ふふっ。やっぱり嬉しそう。ホントにスケート好きなんだ。
リンクの中、スイスイ気持ち良さそうに滑ってる。いいなぁ…特技だよね、ここまで来ると。
頬杖ついて、氷上の小野山さん目で追いながら、ふと思った。
(私の特技って、何だろ…?)
スポーツまるでダメだし、文化的な事って言っても人並みだし…そう考えると無いなぁ…何も。
(私って、三十三年間生きてきて、人に話せる特技、何も無いのか…)
ちょっとションボリ。生きてる意味、少し見直した方がいいかも…。
いつの間にか、小野山さんの姿追うのもやめて、ボーッとリンク眺めてた。
「前島さん、退屈ですか?」
「えっ⁉︎ …あっ…」
いつの間に戻って来てたの⁉︎ 小野山さん、私の横に立ってた。
「…すみません。退屈とかじゃなくて、考え事してたんです」
「考え事?」
「ええ。あの、自分の特技について…」
そもそもスケート場で考えることじゃないよね。悪い癖、また出た。
「特技…何ですか?」
小野山さん、隣に座った。
「それが、何も無いなぁって気がついて。小野山さんはいいですね。スケートが得技で」
「僕のスケートは特技じゃなくて単なる趣味ですよ」
まぁね、あなたにとってはそうかもね。
「でも、あれだけ滑れたら特技だと言ってもいいですよ」
履歴書の特技欄に書けますよと話すと、プッと笑われた。
「じゃあ今度から、特技はスケートって言おうかな」
「うん、いいと思う」
あれ…?なんだか私達、フツウにいい感じじゃない?
「ところで、足どうですか?」
「あっ、膝痛いの治まりました」
…と言うより忘れてた、すっかり。
「じゃあもう一度滑ってみませんか?折角慣れてきたし…」
“お試し”は一度きりが基本なんだけど、掴んだコツ、活用したいね…。
「そうですね、滑ってみます!」
…てか、滑らせて下さい…だよね。
「わぁ…」
ホントにリンクだ。
へぇー…って、感動してる場合じゃないよね。
スケート靴借りて、履き方教わって、なんとか履くには履けたけど…
「立てません…」
当たり前ながら初めてなので、無理。
なのに小野山さん、どうしてそんな普通に立ってられるの⁈
リンクに一番近い場所で靴履いたから、あの壁に寄り掛かりさえすれば、何とか立てるかもって気はするけど…。
「えっ…?」
手が目の前に伸びてきた。目線上げると小野山さん、平然とした顔で見下ろしてた。
「捕まって下さい」
捕まる…?ポリスに…?あ、違う意味でね。
「恐れ入ります」
手の上に手を乗せてみた。うわ…あったかい…。
「じゃあいいですか。立ちますよ」
ヒョイ…と言うより、フワッ…て感じでお尻上がった。
(あ…立てた…)
「いいですか。じゃあそのまま、足元「ハ」の字で進んで下さい」
(は⁈ ああ、カタカナの「ハ」ね…)
チョコチョコと小さな子供みたいに歩く。数歩で何とか壁まで到着。助かった。
「そのままリンク行きますよ」
小野山さん、言うが早いか、自分はさっさと氷の上。
「はい、前島さんもどうぞ」
どうぞって…カンタンに言われてもさぁ…。
とりあえず、片手は捕まえてもらったまま、片手は壁側の手すり持って、左足だけ氷の上に置いた。
(あ…なんだ、意外に固い。そっか。こんななんだ。氷の上って…)
ゆっくり、右足もリンクに…。
きゅっ。
小野山さん、私が滑らないように、しっかり手握ってくれた。おかげで安心して両足着氷!
…って、ここまではいいよ。でもここから先が問題。
「前島さん、手すりから手離して。両手僕に捕まって下さい」
「えっ⁉︎ 」
「手引っ張って、滑らせてあげるから」
にっこり笑ってらっしゃいますけど、もしかしてそれ、最初から目的でした⁈
「ほら早く!後ろの人がリンクに出れませんよ」
振り向くと、確かに二、三人立ち往生してる。
(えーい!もう、知らない!)
パッと離した手を、小野山さんキャッチした。
「そのまま。足動かさなくていいですから、背筋真っ直ぐで、棒立ちでいて下さい」
(棒立ち⁈ そんなの言われても…)
って、あら…?進んでる!
前にいる小野山さん、器用に後向きに滑ってる。
「ホ…ホントにお上手ですね。習ってたんですか?」
ユラユラしてる私の足元と違って、小野山さんの足元、まるでスケート選手みたい。安定した滑りって言うか、滑らか。
「習ってはないけど、子供の頃から好きでよく来てたんです。ほら、夏とか涼しいでしょ。氷の上って」
「えっ…ここって、夏もスケート場やってるんですか⁈ 」
おどろきー…この温暖化の時代、真夏に氷。エネルギー問題無視だよね。
「意外とね、夏場の方が人気なんですよ。子供達も夏休みで沢山来ますから」
「あ…なるほどね…」
話しながら滑らせて頂いてるうち、少し慣れてきたのか、足元のユラユラなくなった…と言うか、なんとなくコツ掴んだ。
「そっか。爪先を少し外向けると安定するんですね」
膝関節外に向くから、下手するとガニ股っぽくなるけど、この姿勢、いわゆるバレエのポーズみたいだ。
「そうそう。前島さん、のみ込み早いですよ」
…と言うより、この立ち方、多分慣れてるだけ。十二年間の仕事で積んできた、修行の成せる業ってやつ⁈
「じゃあ次は少しずつ足を前に出してみて下さい。大丈夫。僕がいるから転ばせません」
信用してって言う小野山さん。別に疑ってなんかないけどさ…。
(この足を出すのって、案外と難しいよね…)
「スーッと爪先斜め前に外向き加減に出すといいですよ。蹴り出す感じで」
「え…と、こうですか⁈ 」
石蹴りみたいに足出してみた。
スーッ…
(あっ!できた!)
じゃあ反対も同じ要領で。
スーッ…
「上手い上手い!その調子!」
小野山さんのおだてに乗っちゃう。さっきから私、下ばっか見てるよね。
でも、それだけ真剣ってこと。だって、小野山さんに手離されたら、間違いなく転ぶもん。
そのまま足慣らしで一周して、さすがに膝、ガクガクしてきた。
「すみません小野山さん、ちょっと休んでいいですか?膝が痛くて…」
完全に運動不足。仕事辞めてからこっち、身体動かしてなかったから。
「あっ…そうですね。休憩しましょう」
氷から床に上がる。滑らないから立つには立てるけど、今度は歩きにくい。
チョコチョコ「ハ」の字で椅子まで到着。膝ガクガクするから、小野山さん、座るまで手伝ってくれた。
「大丈夫ですか?」
手離して、しゃがみ込んで聞いてくれる。いいな、こういうシチュエーション…。
「大丈夫です。小野山さん、私に構わず滑って来ていいですよ」
好きなんでしょ?と聞くと困り顔。自分で誘っといて、気兼ねするなんて、どうなのそれ。
「どれくらいお上手か見せて下さい…ねっ⁈ 」
こっちが気遣ってやんないといけないとは…お巡りさん、頼むよ。
「じゃあ…少しだけ滑ってきます」
ふふっ。やっぱり嬉しそう。ホントにスケート好きなんだ。
リンクの中、スイスイ気持ち良さそうに滑ってる。いいなぁ…特技だよね、ここまで来ると。
頬杖ついて、氷上の小野山さん目で追いながら、ふと思った。
(私の特技って、何だろ…?)
スポーツまるでダメだし、文化的な事って言っても人並みだし…そう考えると無いなぁ…何も。
(私って、三十三年間生きてきて、人に話せる特技、何も無いのか…)
ちょっとションボリ。生きてる意味、少し見直した方がいいかも…。
いつの間にか、小野山さんの姿追うのもやめて、ボーッとリンク眺めてた。
「前島さん、退屈ですか?」
「えっ⁉︎ …あっ…」
いつの間に戻って来てたの⁉︎ 小野山さん、私の横に立ってた。
「…すみません。退屈とかじゃなくて、考え事してたんです」
「考え事?」
「ええ。あの、自分の特技について…」
そもそもスケート場で考えることじゃないよね。悪い癖、また出た。
「特技…何ですか?」
小野山さん、隣に座った。
「それが、何も無いなぁって気がついて。小野山さんはいいですね。スケートが得技で」
「僕のスケートは特技じゃなくて単なる趣味ですよ」
まぁね、あなたにとってはそうかもね。
「でも、あれだけ滑れたら特技だと言ってもいいですよ」
履歴書の特技欄に書けますよと話すと、プッと笑われた。
「じゃあ今度から、特技はスケートって言おうかな」
「うん、いいと思う」
あれ…?なんだか私達、フツウにいい感じじゃない?
「ところで、足どうですか?」
「あっ、膝痛いの治まりました」
…と言うより忘れてた、すっかり。
「じゃあもう一度滑ってみませんか?折角慣れてきたし…」
“お試し”は一度きりが基本なんだけど、掴んだコツ、活用したいね…。
「そうですね、滑ってみます!」
…てか、滑らせて下さい…だよね。