Again
「こんなにも自分の料理がおいしいなんて」





残した料理にラップをかけ、そそくさと風呂に入る。広々とした浴槽に入ると、更に、リラックスする。

さっぱりした顔でキッチンに来た葵は、冷蔵庫から缶ビールを出して、その場で一気に流し込み、中年男の様に、くぅーっと、口から漏らす。





「おいしすぎる」





リビングで大画面のテレビを点け、ビールと乾きものを傍らに置いてテレビを観始めると、スマホが鳴った。



着信を見ると仁からだった。葵はどうしようか迷った挙句に留守番電話に切り替えた。

ずっと出ない訳にはいかないだろうが、まだ平常心で会話が出来る自信はなかった。





「どうしよう。無事に着いたことはメールで知らせた方がいいかな、それとも電話を掛けた方がいいかな、あーもうどうしよう」





ショートカットの髪を両手でくしゃくしゃに掻き毟り、カーペットの上に寝転ぶ。大の字に寝て、天井にあるシャンデリアをみる。





「ヴェルサイユ宮殿のシャンデリア、綺麗だったなあ」





いつ見つかるかとはらはらしながらの観光だった。仕切り直して絶対にパリにもう一度来ようと誓った。

横向きに寝て、スマホを見る。留守電に仁はメッセージを入れていなかった。





「そうだ、潤さんにメールを入れて、伝えて貰えばいいかな? いや、メールだったら仁さんに直接でいいのか」





メールの文面も思い浮かばす、リビングに広げた買い物とお土産を分けはじめる。自分の分として購入したバレーシューズを履く。





「わあ、かわいいし履きやすい」





葵はリビングを歩き、履き心地を堪能する。



家族の分、会社の分、久美の分、名波の両親の分と袋を分けてお土産を整理した。



楽しいはずのお土産をみても気分が晴れないのは、仁からの電話が気になっているからだ。





「もう! 後にしたって今にしたって同じなんだから!」





葵は自分を奮い立たせるようにして、スマホを持つ。思い切って、怒りのメールをしてしまったらどうか、いや、ここは物分かりのいい妻を印象付けたほうがいいか。



スマホを手にして頭を抱える。



暫くそのままの体制でいた葵は、決心した顔でメールを打ち始める。





“仁さんへ



予定通り日本へ着きました。今は家にいます。

勝手な事をしてしまってすみませんでした。

あと一週間、お仕事頑張ってください。

                        葵“





「もうこれしかないでしょ、送信っと」





葵は送信すると直ぐにスマホの電源を切った。絶対に仁はメールを見たら電話を掛けてくる。今は話をしたくない、だから電源を切ったのだ。仁が帰国予定の一週間後までにじっくりと考えるつもりでいる。



缶に残っていたビールを一気に飲み干し、眠ることにする。今は、何も考えたくない。それが葵の心境だった。



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