Again
「葵?」





仁は、荷物を玄関に置き、靴を乱暴に脱ぐとスリッパも履かずに、葵を呼びながらリビングへと行く。



リビングにはスタンドライトが点いているだけで、静まり返っていた。キッチンを見ると、いつもの様に、食事が用意されラップがかけてあった。



メモを手に取ると、いつものように迎える言葉と、先に休むと書いてあった。仁はネクタイを緩めながら用意された食事を見る。作られていた食事を見ると、海外から帰ってくる夫に家庭料理を考えて支度していたのが手に取るようにわかった。仁はカウンターに手を付き項垂れる。





「葵、ごめん」





仁は、葵の部屋に向かう。



ドアの前に立ち中の様子を窺う。しんと静まりかえっている様子から、葵が休んでいるとわかる。ドアノブに手をかけ静かに開ける。



そっと中に入ると、ベッドからは葵の頭だけが見えていた。ベッドの脇に跪き、頭をそっと撫でる。



仁はすっと立ち上がると、部屋から出て行った。



キッチンに戻った仁は葵の手料理をレンジで温めた。





「いただきます……」





どんな気持ちでパリでの時間を過し、ここで仁が帰国するまで過ごしたのだろう。拒否されていると分かっている電話もかけずにはいられなかった。メールして送信することでまだ繋がっていると確認できた。些細な自己満足が今の仁を支えていた。



徐々に美味くなっていった葵の手料理。すでに仁の口に馴染んでいた。じっくりと味わいながらの食事を済ませ、後片づけをすると、玄関から荷物を持ってくる。洗濯物をランドリーに入れ、そのままコーヒーを淹れた。



コーヒーが落ちるまで葵のことを心配していた潤に電話をかける。





「俺だ」

『どうだ? 葵ちゃんは』

「ああ、先に休んでいた。俺はどうすればいい。なんと葵に声をかけたらいいんだ」

『誠意をもって話すしかないだろう。どんなことをしたってお前が悪いんだから。仁、最悪の覚悟はしておけよ』

「それは絶対に避ける。どんなことをしても時間をかけて話をするよ」

『俺は祈るばかりだな。これからが正念場だ、がんばれ』

「そうだな」





血のつながった従弟でもある潤でさえも、もう葵との仲は元に戻らないと思っている。前向きに考えたいが、ことが事だけに気持ちが萎える。もう駄目だ、いや大丈夫だと行ったり来たりの気持ちが、仁と葵の絆の浅さを物語る。覚悟を決めて仁に嫁いできた葵にどう接して良いか分からず、そっけない態度を取ってしまったことが仇となる。



仁にとっても、パリが切り替えのいいきっかけになるはずだった。それが、こんなことになってしまった軽率な行動に自分を責めた。





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