Again
仕事では上の空で、ため息ばかりつく。





「だめだ、全く仕事が捗らなかった」





捗らなかったと言うより、身が入らなかったと言う方が正しいかもしれない。どうしよう、どうしようと動揺ばかりが先走り、昼食も喉に通らなかった。



足どりも重く、従業員口を出ると、通りに仁の社用の車が止まっていた。いつもは運転手がドアを開けるが、葵を迎えに来るときは、周りの視線に配慮して大げさなことはしないようにしている。葵は車に近づき、自分でドアを開け乗り込む。





「お待たせしました」

「いや、お帰り……出してください」

「畏まりました」





車が走り出しても二人には会話はなく、重苦しい空気だけが車内を包む。





「葵、食事は?」

「あ、食材は家に買ってありますけど、それでいいですか?」

「ああ、構わない」





さすがに込み入った話を運転手のいる所ではできない。どちらも話を切り出すことはなく、車は自宅へと向かっていた。



昨日、眠れなかった葵は、車に揺られると眠気が襲った。瞼が重くなり、一生懸命に起きていようと両手で瞼をつまみあげたりもしたが、それも限界だった。とうとう船を漕ぎ始め、終には仁の方にもたれて寝てしまった。



トンと葵の頭が肩につき、柔らかな髪が顔を覆う。仁は寝息を立てて眠る葵に腕を回して、そっと抱きしめる。こんなにも愛おしい女を傷つけたと、仁は葵を見ながら苦しい表情になる。どうしたらいいだろうか、何から話せばいいか。どんなふうに伝えたらいいかと、模索していた。



マンションに着くと、葵を起こす。葵は、体を揺すられ目を覚ますと、マンションの前だった。





「ごめんなさい」





最悪の状態の時に眠れる自分のずぶとさに、決まりの悪い顔をする。





「謝ることはないよ」





運転手がドアを開け、仁の後に続き車を降りる。





「ありがとうございました」





葵は運転手にお礼を言うと、待っていた仁の少し後ろを歩いた。



仁の後ろ姿ばかりを見ていた。



何時だって並んで歩けない。そう、不釣り合いなのだ。広い背中を見つめ、改めてそう思った。



家に着き、何時もの様に部屋着に着替え、座ることもなくエプロンを掛けて夕食の支度を始める。調理をしながら、水を飲んで喉を潤す。



仁はいつもと変わらず、部屋着に着替えテレビを点け、ソファに座る。ニュースを見ながら、雑誌をめくっていた。



これから来る大きな波を考えると、料理にも身が入らない。出来ることなら、ずっと料理が仕上がらないで欲しい。それくらい葵は仁と向き合うのが怖かった。



ダイニングテーブルにおかずを運んで整えると、仁を呼ぶ。





「仁さん、お待たせしました」





葵の呼びかけに仁は腰を上げて、テーブルにつく。





「いただきます」





気まずいまま、黙々と食事を勧める。葵の目の前に座っている男は、本当にあの時の男なのか。寝ていた仁の姿しか見ていないのに、その隣にいた女性との体を重ねるシーンを勝手に想像してしまう。



心を掻き毟りたいほどの葛藤でどうにかなってしまいそうな葵は、食事が喉を通らないが、なんとか食事を済ませ、片付けをした。



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