Again
仁がいつものように、食後のコーヒーを淹れる。

先にソファに座って眺めるだけのテレビを観ていた葵の前に、仁がコーヒーを置く。





「ありがとうございます」





置かれたマグカップを持つと、葵は一口飲む。不思議といくらか気持ちは落ち着いてきた。

隣に座った仁もまた、一口飲むと、マグカップを持ったまま、口を開いた。





「葵、パリでのことだが……」





とうとう来てしまった。避けては通れない話し合いが。条件反射のように、葵はソファから立ち上がった。





「あ、す、すみません。勝手なことをしてしまいまして。急に違うホテルに泊まりたくなって」





ちぐはぐな言い訳をし始め、自分で何てバカなのだろうと、情けない顔をした。

だが、口から出てしまったものは引き返せない。





「違うだろう? ホテルに来たんだろう? 分かっている」





固く、寂しい口調で言った。





「あの、いいんです。本当に。ファーストクラスにも乗せて頂いて、自由気ままに旅もできて楽しかったです。お土産や自分の買い物も出来て、贅沢してしまいました。こんなにお金を使ったの久しぶりで、どきどきしちゃいました」





持っていたコーヒーをがぶがぶと飲み、喉の渇きを潤すが、一向にそれは収まらない。こんなにも、嘘をつくと喉が渇くものだと初めて知る。





「言い訳にしかならないが、俺の話を聞いてくれないか」





声を荒げることなく、落ち着いて、懇願するように言う。





「いいんです。私たちは、お見合い結婚で、私は訳ありだった。仁さんにもいろいろと都合がありますよね。責める気はありませんし、私にはその資格はないです。ただ少し、自分だけが浮かれていて、恥ずかしいというか、あの、反省しただけです。ごめんなさい」

「違う! 葵。お願いだ、話を聞いてくれないか」





葵が怖がらないようにと、大きな声を出さないようにしていたが、仁の焦りが見られ、つい口調が強くなった。



仁の話を全く聞こうとしない葵に、懇願したが、混乱しているよう見受けられる葵は、全く耳を貸さなかった。





「あの、あの、コーヒー。ごちそうさまでした。ちょっと疲れちゃって……先に休みます。ごめんなさい」

「葵」





仁の呼びかけにも答えずに、葵は足早に自室に入った。

残された仁は、打つ手なしの様相で天井を仰ぎ見る。





「参ったな」





泣き、責められることを覚悟していた仁は、葵の予想もしない答えに、懇願するより他になかった。それも打ち止めされると、白旗を上げるしかなかった。



困りはてた仁は、書斎に入り潤に電話をかける。





『どうした? 話は出来たか?』





自分のことの様に今日の話を心配していた潤は、ワンコールで電話に出た。





「困った。全く聞いてくれない」

『怒ってか?』

「その正反対。自分には責める資格はないと……俺にも色々あるだろうって。自分だけが浮かれてしまって恥ずかしい、反省してるって」

『……責める資格はないって……そんなバカな。嫉妬するのが普通だよ、仁』

「そうだよな。嫉妬もされないって……」

『今までの態度があるだけに、どうなるかは分からないが、お前のこれからの態度しだいだぞ。少なくとも葵ちゃんは、別れたいとは言っていないんだからな』

「わかった」





潤に報告した仁は電話を切り、ベッドに寝転ぶ。



これでまた縮まりつつあった距離が離れてしまった。もう、葵の気持ちが仁に傾くまでとは言っていられない。急な接触に葵も戸惑うかも知れないが、なりふり構っている場合ではなかった。葵を手放したくない。



仁はこの関係を壊したくはないのだ。それだけが恐ろしかった。



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