Again
二人は、向き合って話し合うこともなく、あやふやな週末を迎える。葵はパリから帰国後、実家にお土産を渡しに行っていない。有休後は仕事も溜まり余裕もなく、翌週に見送っていたのだ。



土曜日の今日、実家にお土産を届けに行く。



仁はまだ起きて来ていない。ゆっくりした土曜日だが、いつものように朝食を準備してラップをかけて、メモを残す。



広いマンションで、ドアの開く音くらいで仁が起きてくるはずもないが、葵はそっと音をたてないようにドアを開ける。鍵もそっと掛けるとふうっと溜息が出た。





「こんちわー」





元気よく実家の鉄製のドアを開ける。すぐに母の恵美子が顔を出す。





「あら、葵」

「ごめん、連絡なしに来ちゃった」

「連絡なんていらないに決まっているでしょ、実家なんだから。入んなさい」





緊張をしている毎日から解放された葵は、実家に入ると、テレビの前に陣取っている双子の兄弟を枕にゴロンと横になる。





「なんだよ、姉ちゃん」

「文句を言うな、お高いお土産を奮発して買って来てやったんだから」





それを言うと、寝転んでいた翔と楓は飛び起きて、正座をする。





「はい、翔と、楓の分ね。二人でじゃんけんでもして決めて」





そう言って渡したのは、二人が欲しいと言っていたハイブランドの財布だった。いくら双子でも持ち物を同じにすると、間違いも起こる。ブランドは同じでも、デザイン別にして選んで買ってきていた。

二人は、奪い合うように葵から土産を受け取ると、じゃんけんを始める。





「葵、コーヒーを淹れたわよ」

「うん」





恵美子に声を掛けられ、テーブルに移動する。





「お母さん、お父さんは?」

「今日は自治会の人たちと、釣り」

「えー、もう毎週いないじゃない」

「あら、お母さんはいない方が楽でいいわ。ついでにあの双子もね」





本当に嫌そうに顎で翔と楓を指す。





「じゃ、お父さんのお土産を渡しておいてね。お母さんはこれ」





恵美子にもブランド物のハンドバッグを買って来ていた。借金を抱えてから、我慢していた女性なら欲しいバッグを買って来たのだ。今までの貯金があっという間になくなるほどの散財だったけれど、嬉しそうな恵美子の顔をみると、買って来て良かったと心から思える。





「お父さんにはワイシャツを買って来たの。首回りのサイズはあっていると思う」

「まあ、良いの買って来てくれたのね。葵、自分の物は買って来たの?」

「大丈夫、前から欲しかった洋服と靴を買って来た。あと化粧品も少しね」

「お金を使わせちゃったわね」

「気にしないで」





此処にいたい。マンションに帰りたくない。素直にそう感じた。気を張らなくていいのは、血が繋がった家族だからに決まっているし、生活を共にしてきたのだから当然だ。





「姉ちゃん! サンキュウな。超うれしいよ。やっぱり金持ちと結婚するとちがうねえ」





翔が楓と居間でラッピングを取り、財布を眺めている。楓は既に、財布の中身を入れ替え始めていた。





「失礼ね! あたしの貯金で買ったのよ、仁さんからもらっているお金には手を付けてないんだから! まったく、大事に使ってよ?」

「わかってるって」





双子の喜ぶ顔が、まだまだ子供を思わせる。ここの所緊張していた葵の顔もこの時ばかりは緩んだ。





「葵、仁さんは?」

「ん? うん、今週帰って来て、疲れている様子だったからそっと出てきた」

「そう。大きな会社を背負っているのだもの、疲れだけじゃなくストレスも溜まるわね。葵が癒さないとね」

「ふふ、そうだね」





仁の癒しは私じゃない。と恵美子に泣き付きたかった。そこを葵はぐっと堪えた。

葵は恵美子に早く帰るように言われ、仕方なく実家を出た。





「あー帰りたくない」





実家から駅に向かう道すがら、公園でブランコに乗る。子供達にまぎれ物思いに耽ったおばさんだ。



ブランコをこいでいると、スマホが鳴った。漕いでいたブランコを止めバッグから取り出すと、仁からだった。すぐに出ることが出来ず、躊躇いながら、耳にスマホをあてる。





「はい」

『まだ実家か?』

「いいえ、帰る途中です」

『そう。一緒に行けばよかったな。起こしてくれればよかったのに』

「ごめんなさい。お疲れの様子だったので」

『謝ることじゃないよ』

「あの、夕飯までには帰りますから」

『分かった』





やっぱり、帰らなくてはだめか。電話で更に重い気持ちになる。



仁との話の時、何故、責めたり怒ったりしなかったのだろう。心の奥底に、仁と別れたくない気持ちがあったのだろうか。そうでなければ、仁の立場を思っての発言など出来やしない。





「確かに私には、仁さんを責める資格はない。だから言えない」





どんな言い訳をしても、世間からみたら、いいや、葵からしてみればあれは浮気だ。まだ一緒に飲んでいて、ソファにでも寝ていたのなら起こしたかもしれない。しかし仁は、ベッドに女性と寝ていた。しかも裸で。



どこからが浮気かと、議論されるが、あれは浮気。物分かりの良い妻を演じてみても、こうして考えてみれば、ふつふつと怒りが込み上がってくる。



それでも葵は仁を責められない。借金を仁に支払って貰ったことが枷となっているのかもしれない。





「あと、借金の残高はどれくらいだろう」





それさえなければ、気持ちの赴くままに行動できる。葵はそう思っていた。

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