Again
「ただいま帰りました、遅くなってしまってすみません」





帰りたくないという気持ちを引きずりつつ、買い物をして帰ってきた。スーパーですれ違う主婦はみな、幸せそうに葵の目に映った。溜息ばかりをついて買い物をして、気分はさらに重くなった。





「いや……急がなくていいから、少しゆっくりしてから……」

「い、いいえ。作ります。直ぐに支度をしますから」





冷蔵庫にしまうのを後回しにすると、葵は部屋に入り部屋着に着替える。



エプロンを着けると、手を洗って夕食の支度を始めた。



袋から食材を出すときに、切ってしまっていた指をパックの端にひっかけてしまう。切ってから日数は経っていたが、深く切ってしまった傷は、なかなか治らなかった。ようやく血も滲まなくなったころ、同じ個所を傷つける。





「痛っ!」





みるみる絆創膏に血が滲み、水で洗い流しても血は止まらない。





「葵、どうした? 切ったのか? 見せてみろ」

「……っ」

「ちょっとここを強く掴んで上に向けて」





切り口の下を強く掴み、指を上に向ける。仁は救急箱を持ってくると、ガーゼで止血をして、消毒液をかける。きつめに絆創膏を貼った。





「痛いか? 沁みるか?」





心の痛みと、指の痛みが合わさって、ピンと張っていた気が切れた。葵は閊えていたものが流れるように、あふれ出る物を押えることが出来ずに声を出して泣いた。





「葵……」





仁は葵を抱きしめた。小さく体を震わせながら泣く葵をしっかりと抱きしめる。



こんな状態で抱きしめるはずじゃなかった。もっと、胸が熱くなって仕方がないはずだった。しかし、今は胸が痛む。





「ごめん、葵……ごめん」





仁は、葵を抱き上げると、ソファへと移動する。



ソファに葵を下ろすと、隣に座り肩を抱きしめる。



仁は葵が泣き止むまで、背中を摩り続けた。



暫くすると、葵は落ち着いてきた。





「血が滲んできたな。バンドエイドをかえよう」





抱きしめている葵を心配しながら離すと、仁は救急箱を持ってくる。

救急箱を下げ、葵の隣に座ると、指の手当をする。





「だいぶ血は止まって来たな。薬を塗って、おこう」

「すみません」

「葵、何が食べたい? 俺は料理が全くだめだから、デリバリーでも注文しよう」





俯いている葵の頭を優しく撫でる。





「あの、大丈夫です。直ぐに作りますから」

「いいんだ、キッチンは俺が片付ける。葵は座って指示をして」

「いえ、作りますから。すみません、指を切ったくらいで泣いて」

「また謝る。謝らなくてはいけないのは俺の方なのに」





葵は、仁が掛ける言葉を聞き流すように立ち上がり、キッチンへ行く。



少し意地になっているところがあるかもしれない。食事を作る権利があるのは自分だと。



水で手を濡らす度に傷が痛み、顔をしかめる。それでも葵は、予定していた食事を作った。



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