Again
「久美、桃香さまの部屋に行ってくる」

「桃香さま? 何の用?」

「うん、明日着用するドレスのアイロンだって」

「桃香さまに言われる前に気が付かなかったわね。失敗」

「そうね。思いつくことは書き出しておいたのにね、気を引き締めなくっちゃ」





葵は広報課を出て、桃香が宿泊しているスイートルームへ行く。ベルを鳴らすと、桃香の返事がある。





「はーい」





元気よく部屋が開けられた。





「遅くなりました。名波でございます」

「ありがとう、さ、中に」

「失礼いたします」

「打ち合わせの時に渡すのをすっかり忘れていてね。ごめんなさい」





桃香はお風呂に入ったらしく、メイクも落とし、髪は濡れていた。ピンクの上下お揃いのスウエットを着ていたが、胸には高級ブランドのマークが刺繍されていた。

ソファに掛けてあったドレスを桃香は葵に渡す。





「いいえ、こちらがお聞きするべきことでした。気が付きませんで、申し訳ございません」





葵は、深々と頭を下げた。





「いいのよ、気にしないで」

「お気遣いいただきまして、ありがとうございます。他に御用はございませんか?」





ドレスを受取り、葵はその肌触りにうっとりとしてしまった。

ソファで髪を拭きながらリラックスしていた桃香に葵は声をかける。





「あなた……仁の奥さん?」

「え? あの、どうして……」





全く予想していなかった問いかけがあり、葵はびっくりして言葉がどもる。





「私……分からない?」

「え、えっと……」

「そうか、暗かったし、はっきりと顔を見た訳じゃないか……私よ、仁と一緒にパリのホテルにいたの」

「……!」





そんなことがあってもいいのだろうか。葵は声が出ず、手を口元に持って行った。





「ごめんなさいね、ちょっと飲んじゃって。仁もお酒が弱いのに、一緒になって飲んだのよ。そうしたらすぐに寝ちゃってね」

「は、はい」





ドレスを抱えながら、葵の手は強く握られる。





「聞いた? 仁から」

「は、はい……」

「それですぐに信じたの?」

「……はい」





即答できなかったのは、何処か信じ切れていないからだ。

桃香は返事しかしていない葵の何が気に入らないのか、立ち上がって、葵の傍に来て、色々と質問をし始める。





「素直なのね、仁を信じて……仁って、仕事人間で連絡もくれないでしょ?」

「あ、あのいいえ。必ず毎日メールか電話で連絡をしてくれます」





ムキになっている返答ではなく、素直なままの葵の答えを言っている。





「そ? あの人仕事人間だから、記念日とか、誕生日なんかも全然プレゼントもしてくれないでしょ」

「あの、まだ、結婚して間もないので……誕生日もまだですし……あ、でも、毎日、お土産を買って来てくれます」





何の気なしに言ってしまった葵の一言が、桃香の女としての自尊心に火をつけてしまった。



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