Again
食事も喉を通らず、疲れが抜けないまま帰宅した。

一泊用の小さなボストンバックから、洗濯物を取り出してランドリーに入れる。

キッチンはコーヒーカップがあるだけで、仁は家で食事をしていないと分かる。





「もしかしたら、桃香さんと食事でもしたのかな?」





葵は、キッチンから家の中全体を見渡した。レースのカーテン越しに見える景色は、いつもと変わらなかった。毎日、時間ごとに変わる景色がお気に入りだった。でも葵の目に映る景色はもう曇っていた。





「お風呂に入ってしまおう」





女同志のおしゃべりは尽きず、早い時間に店に入って飲んでいたのに、気が付けば、周りは仕事終わりのサラリーマンで一杯だった。久美との話だけで、気持ちが和んだ。食は進まなかったが、久美に心配を掛けまいと、スナックのつまみをちまちま食べながら、ソフトドリンクを飲んだ。自宅に戻って何か食べようと思っていたが、やはり、何も食べる気がしない。



風呂にはいる元気もなく、シャワーで済ませる。



シャワーを浴びて、冷蔵庫からパックの野菜ジュースを取出し、リビングへ行く。



テレビを点けると、毎週見ていた連続ドラマをやっていた。





「見逃すところだった」





ラグに腰を降ろして、ソファに寄りかかる。ドラマは、恋愛もので、今週は恋人が本当に自分のことが好きなのかと疑心暗鬼になっている所だった。



男は、そんなふうに思わせてしまったのは自分のせいだ。と女に言う。でも不器用でうまく表現が出来ないのだと訴えていた。





「まだ、こっちの方が救いがいあるじゃない」





葵は自分がドラマよりも凄い体験をするなど思っても見なかった。現実とかけ離れた経験をしてもう訳が分からなくなっている。ひとつ言えることは、この物語のキャストである桃香から、仁と葵の結婚について語られたことは真実だという事だ。



この時、初めて、葵は涙を流した。



声も出ず、ただひたすらに涙が出ているだけだ。手で拭う事もせず、膝を抱え小さくなっていた。





「ただいま」

「……」





一瞬その声にビクッとなる。仁が帰って来たのだ。仁はいつも出迎える葵が、テレビの前から動かずに座っている様子が気になった。





「どうかしたのか?」





仁は、葵に歩み寄り、ネクタイを緩める。ソファにビジネスバッグを置き、様子を窺う。





「……」

「葵?」

「……カモフラージュだったんですね」

「は?」

「おかしいと思ったの。仁さんと何の接点も無い私が、こんな大会社を経営する人とお見合いをして結婚するなんて」

「ど、どうした? 葵」





葵は立ち上がり、仁に向き合った。その顔は涙があふれていた。





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