Again
「ずっと気になってたの。でも聞かずにいたわ。何か特別な理由があるんじゃないかと思って、怖くて聞けなかった。それが、それが、あなたと桃香さんの交際をマスコミに知られまいとするカモフラージュの為に私と結婚したなんて! 今までずっと放っておいたくせに、パリでの出来事があってから急に優しくなったのね? 後ろめたい気持ちがあったからなんでしょ!」

「桃香にあったのか? そうなんだな、日本に居るのか? あいつが何か言ったんだな、違う、話を聞いてくれ」

「結婚式の打ち合わせにも全く参加をしなかったのも、興味がなかったからなのね!」

「違う! 話を聞くんだ」

「結婚式だって私側からは一銭も出さなかった。どうせバカにしていたんでしょう? 一人でお義母さまと打ち合わせしたり、お姉さんと打ち合わせをしたり、とってもみじめだった。私にだって結婚の夢はあったの! ドレスにだって夢はあった! だけど、お金を出さないのに要求ばかり出来るわけないじゃない!」

「葵、わかってた、ごめん」





仁は興奮する葵になんとか落ち着かせようと、にじり寄る。

座るように腕をつかんだが、葵はその手を振り払う。





「これは罰ね。少しでもうちの借金が楽になると思って結婚した私への罰。早くにその罰を受けて良かった……指輪を買って貰った日、とっても嬉しかった。まだ仁さんに気持ちがあるかどうかも分からない時だったけれど、この人となら大丈夫って、覚悟をしたのに……もう少しであなたから離れられなくなるところだった……」

「俺の話を聞け、な? 葵」

「毎日、毎日、帰りの遅いあなたを待っていたわ。夫婦としての繋がりも何もないけれど、仁さんが仕事をしやすいようにと気を配った。時期を見て終止符を打つつもりだったと聞いたわ。もう、今がその時でしょう? 私は十分役目を果たしました……」





泣きながらも、声は震えることなく仁を責め続ける。





「会話が無くても、触れ合いが無くても、いつかは……いつかは、通じ合えると思って頑張ってきたのに……最初から言ってくれればよかったのよ! お前の家の借金は俺が支払ってやる、だからほとぼりが冷めるまで偽装結婚をして欲しいって!!」

「葵! 何を言っているのか分かってるのか!」

「こんなに広い家でどんなに寂しかったか分かる? 独り言がどれだけ増えたか分かる? それがどんなにみじめだったか分かる? 仁さんがたまに見せる優しさが嬉しくて、舞い上がったわ。そんな私を見て嘲笑っていたんでしょう? 部屋だって別々、何の為に結婚をしたの? これじゃシェアハウスと変わらないわ! ずるいわよね? 男だけが浮気を許されて、養って貰っている女は駄目なの? そんなこと私が出来る立場じゃないものね。随分都合よく使われたものだわ」

「葵、違うよ、話を聞いて」





仁は懸命に落ち着かせようとした。だが、振り乱してしまっている葵を、止めることは出来ない。





「そもそも、別れた女と偶然会ったからってお酒を飲む? それに私たちが宿泊するホテルで! 信じられないわ! やっていることがめちゃくちゃよ!!」

「それは、本当に悪かったと思ってる。俺が、軽率だった。本当に悪かった、ごめん」

「……何を言ってるのかしら私……借金を返済してもらった身で、仁さんを責める権利はないのに……嫉妬するなんておこがましいことだったんだわ」

「それは別の話だ。そんなことないよ。頼む、俺の話を聞いてくれ」





強く腕を掴まれ、葵は体を揺すられる。葵はもう正気を失っているような目をしていた。

今まで不安の中で暮らしてきた。その不安が爆発したかのようだ。





「嫌! もう何も聞きたくない! 今更話を聞け? 会話なんて今まで無かったんだから、話すことなんてないわ! 離して! 離して……!」





強く掴んだ腕を葵は振りほどいた。

だが、仁は諦めずに葵を説得しようとしている。





「葵、落ち着いて。俺を信じて欲しい、頼む」

「信じる? 何を信じればいいのよ、仁さんのすべてが信じられないわ」

「葵」





仁は振り乱す葵を抱きしめようとした。葵はそれを拒否する。





「私に触らないで!!」





葵は、反射的に仁の腕を振り払い、頬に平手打ちをした。悲しいだけじゃない、深く傷ついている葵の顔が、仁にはたまらない。

葵はそのままリビングから出て行った。仁はただそこに茫然と立ち尽くすだけだった。





< 128 / 163 >

この作品のキーワード

この作品をシェア

pagetop