Again
「葵? 起きてるか?」





部屋をノックして問いかけても返事がない。





「開けるぞ」





部屋のドアをそっと覗くように開けると、ベッドはきちんとベッドメイキングがされ、葵の姿はなかった。





「葵!」





仁は、部屋中のドアを乱暴に開け、葵を探した。





「葵!」





メゾネットも探したがいない。

葵の部屋に戻り、チェストとクローゼットを開けると、服や下着が無くなっていた。





「……葵……」





ベッドにそのまま力なく腰を降ろす。仁は頭を抱えた。



葵は出て行ってしまったのだ。



おもむろに目を本棚に向けると、ホテル関係の本と一緒に少し厚くなっているノートが目に入る。そのノートを取り出すと、それは葵が結婚してからずっとつけていた家計簿だった。



その家計簿にはその日のメニューと、仁の好き嫌いが書いてあった。仁の残したおかず、おかわりをした物など事細かに書いてあった。



そして、仁が毎日買ってきていたお土産がなんだったのか、その感想も書いてあった。





「自分の物は全く買っていないじゃないか……こんなにも……」





尽くしてくれたいた。今更ながら思うことではなかったが、再認識させられた。



食費や日用品の欄は洗剤など必要な家庭用品が書いてあったが、女性ならば洋服やアクセサリーなど買ってもよさそうな品目に何もなく、仁はそんなことも気づいてやれていなかった。



家計簿をもとの位置に戻し、仁は部屋を出る。



リビングに行くと、葵の居なくなったはずの家で、葵の仁を呼ぶ声が聞こえる。





「この家は葵でいっぱいだな……」





仁の毎日のやる気は葵がいてくれるからであった。ソファに横たわると、すべての気力が失われていくようだった。





葵が出勤すると、ロッカールームで久美と会った。





「おはよう」

「おはよう」

「今日は桃香さまを見送らないとね。それで任務終了だ」

「そうね」





溜息ばかりついて制服に着替えている葵を訝しげに見る。





「どうかした? なんかあった? 目の下にクマが」

「えっ、あ、ううん、何でもないよ。疲れてはいたんだけど、イベントが成功して興奮してたみたいで、眠くならなくてさあ、夜更かししちゃったの」

「わかるう、桃香さんをお見送りして仕事はおしまいだね」

「そうそう、がんばろう」





久美の言う通り、桃香を見送りして仕事は終わり。これでもう桃香に会うこともない。しかし、葵は家を出た。もう、頑張れる気力は残っていなかった。



昨日の夜、糸が切れてしまった。仁を責め立て罵ってしまった。それも葵が出てきてしまった原因でもある。



夜にふらふらと実家に帰るわけにもいかず、ビジネスホテルに泊まった。大きめのボストンバッグに当面の必要な物だけを詰め込んで、家を出た。

いつまでも泊まり歩いているわけにはいかない。しかし、あの家にはもう帰りたくない。仁とも会いたくない。そう思っていた。



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