Again
「おはようございます」
毎朝行われる朝礼で支配人から挨拶がある。
「おはようございます」
スタッフが事務室で挨拶をして、朝礼が始まった。スタッフは全員手帳を手にメモを取る準備をしている。
「えー今日は何時もと変わらず、それぞれの仕事をしてください。特別に変わったことはございません。本日の宿泊客は、全部で10組。その内、ハネムーンでご利用のご夫婦が3組。このお客様には客室にフラワーアレンジをしておいた方がいいでしょう。大切な記念日にして頂けるよう、スタッフ全力でおもてなしをお願いします。ただ天気が心配です。夕方から雨の予報が出ていますので、お客様には、残念な旅の想い出にならないよう、気遣いをお願いします」
葵のホテルは、宿泊客の大半がハネムーンでの利用だ。家族でバカンスを楽しむには少々高い。家族で利用する時は、何かの記念日が多い。スタッフは他愛ない話から、御祝を考えていた。葵は、そこがこのホテルの魅力だと考え、サプライズを考えるのが楽しみになっていた。スタッフが休憩するバックヤードは、制作する道具が揃っている、美術室のようだった。
「はい」
「そうそう、これは先の話になりますが、当ホテルに置いても大変緊張を強いられることになるお客様がいらっしゃいます。来月の10日から二泊三日で、名波商事様が国内、海外のグループ、重役方がお集まりになり定例会議をなさるそうです」
「おー」
事務室には驚きの声が上がった。葵においては声も出なかった。
「東京の本社で通常は会議をなさるそうですが、創立記念と重なり、慰安を兼ねてここ沖縄で会議をなさりたいと、お申し出がありました。特別な配慮は無用にとのことですが、海外からもお越しになるお客様に、日本のおもてなしの心で接して下さい。以上です」
「はい」
朝礼が終わり、スタッフがはけていく中、口にするのは、名波商事のことだ。このホテルは高級リゾートホテルで、個々が独立したコテージの様になっている。客室ごとにプールがあり、目の前は当然プライベートビーチが広がる。プライベートが完全に確保が出来ると、人気である。
今までこのような会議で使用をすることはなかったと、長年勤めているスタッフが口々に言う。鼓動が激しくなるのを葵は感じていた。
「どうしよう、逃げる訳にはいかないし……宿泊している間は裏方に回れるように支配人にいうしかないか。休みは絶対にとれないだろうし……もう、なんでこのホテルなのよ」
葵は地団駄を踏んだ。爪を噛んで、どうしたらいいのか、戸惑っている。
どうしても落ち着かない葵は、その日の夜、久しぶりに久美に電話をした。
「もしもし? 元気」
『元気に決まっているでしょ? 久しぶりね。元気だった?』
久美とは退職後も連絡を取り合っていた。一か月に一度くらいのペースで電話をしていた。
「久しぶりって挨拶もおかしいね、先月に電話したばっかりなのに」
『それもそうね。変わりない?』
「それが……仁さんが、ううん、名波商事がこっちのホテルで定例会議をするんだって。もう、どうしよう」
『葵、それは仕組まれたわね。名波さんは葵を連れ戻す気になっているわ』
「え!?」
『そうじゃなきゃわざわざ沖縄で会議なんてしないわよ。追われるね葵。羨ましいわ』
「楽しんでるでしょ」
『あなたには名波さんしかいない。離婚の理由は聞いていないけれど、絶対そう。地位や名誉、お金なんか度外視しても葵には名波さんが必要よ』
「久美……」
『葵の人生を決める分岐点よ。今度こそ逃げないでしっかり向き合いな』
「……考えてみる」
『また、報告して? じゃあね』
「うん、また」
忘れたくても忘れられない人だった。向き合えと言われたことが胸に突き刺さる。
逃げるように家を出て、東京からも逃げた。
いま、ここからも逃げようとしている葵は、それを久美に悟られた。
「あ~いやだ」
面倒な事でも、真っ向勝負をしてきた葵だが、本当に逃げたかった。
毎朝行われる朝礼で支配人から挨拶がある。
「おはようございます」
スタッフが事務室で挨拶をして、朝礼が始まった。スタッフは全員手帳を手にメモを取る準備をしている。
「えー今日は何時もと変わらず、それぞれの仕事をしてください。特別に変わったことはございません。本日の宿泊客は、全部で10組。その内、ハネムーンでご利用のご夫婦が3組。このお客様には客室にフラワーアレンジをしておいた方がいいでしょう。大切な記念日にして頂けるよう、スタッフ全力でおもてなしをお願いします。ただ天気が心配です。夕方から雨の予報が出ていますので、お客様には、残念な旅の想い出にならないよう、気遣いをお願いします」
葵のホテルは、宿泊客の大半がハネムーンでの利用だ。家族でバカンスを楽しむには少々高い。家族で利用する時は、何かの記念日が多い。スタッフは他愛ない話から、御祝を考えていた。葵は、そこがこのホテルの魅力だと考え、サプライズを考えるのが楽しみになっていた。スタッフが休憩するバックヤードは、制作する道具が揃っている、美術室のようだった。
「はい」
「そうそう、これは先の話になりますが、当ホテルに置いても大変緊張を強いられることになるお客様がいらっしゃいます。来月の10日から二泊三日で、名波商事様が国内、海外のグループ、重役方がお集まりになり定例会議をなさるそうです」
「おー」
事務室には驚きの声が上がった。葵においては声も出なかった。
「東京の本社で通常は会議をなさるそうですが、創立記念と重なり、慰安を兼ねてここ沖縄で会議をなさりたいと、お申し出がありました。特別な配慮は無用にとのことですが、海外からもお越しになるお客様に、日本のおもてなしの心で接して下さい。以上です」
「はい」
朝礼が終わり、スタッフがはけていく中、口にするのは、名波商事のことだ。このホテルは高級リゾートホテルで、個々が独立したコテージの様になっている。客室ごとにプールがあり、目の前は当然プライベートビーチが広がる。プライベートが完全に確保が出来ると、人気である。
今までこのような会議で使用をすることはなかったと、長年勤めているスタッフが口々に言う。鼓動が激しくなるのを葵は感じていた。
「どうしよう、逃げる訳にはいかないし……宿泊している間は裏方に回れるように支配人にいうしかないか。休みは絶対にとれないだろうし……もう、なんでこのホテルなのよ」
葵は地団駄を踏んだ。爪を噛んで、どうしたらいいのか、戸惑っている。
どうしても落ち着かない葵は、その日の夜、久しぶりに久美に電話をした。
「もしもし? 元気」
『元気に決まっているでしょ? 久しぶりね。元気だった?』
久美とは退職後も連絡を取り合っていた。一か月に一度くらいのペースで電話をしていた。
「久しぶりって挨拶もおかしいね、先月に電話したばっかりなのに」
『それもそうね。変わりない?』
「それが……仁さんが、ううん、名波商事がこっちのホテルで定例会議をするんだって。もう、どうしよう」
『葵、それは仕組まれたわね。名波さんは葵を連れ戻す気になっているわ』
「え!?」
『そうじゃなきゃわざわざ沖縄で会議なんてしないわよ。追われるね葵。羨ましいわ』
「楽しんでるでしょ」
『あなたには名波さんしかいない。離婚の理由は聞いていないけれど、絶対そう。地位や名誉、お金なんか度外視しても葵には名波さんが必要よ』
「久美……」
『葵の人生を決める分岐点よ。今度こそ逃げないでしっかり向き合いな』
「……考えてみる」
『また、報告して? じゃあね』
「うん、また」
忘れたくても忘れられない人だった。向き合えと言われたことが胸に突き刺さる。
逃げるように家を出て、東京からも逃げた。
いま、ここからも逃げようとしている葵は、それを久美に悟られた。
「あ~いやだ」
面倒な事でも、真っ向勝負をしてきた葵だが、本当に逃げたかった。