Again
仁は、変わらない日常を送っているように見えた。それは仕事をしている時だけであって、家では腑抜け状態だった。やる気がなく、食事もまともにとっていなかった。自業自得だと仁は自分を責めていた。





「お前、いつまでその指輪をつけているんだ?」





副社長室で一緒に昼食をとっていた潤に突っ込まれる。潤はずっと我慢していた。行動を起こさない仁に痺れを切らしたのもある。





「あ? ああ、太って抜けなくてな」

「もっと、上手い嘘をつけ。お前は葵ちゃんと別れてから、痩せていってる」

「そうか?」





仁は離婚後も結婚指輪をつけていた。結婚式ではめた時は違和感で一杯だったが、今はもう体の一部になっていた。





「違うだろ!? 葵ちゃんが忘れられないんだろ? なんで連れ戻しに行かないんだよ。今まで何も言わなかったが、お前は葵ちゃんが離婚を申し出て、用紙を渡されたとき、考えただけで離婚に合意をした。そうなる前から、なり振り構わず葵ちゃんを引き止めようとしたか? 葵ちゃんがどんなに拒否をしても、自分のプライドは投げ捨て惚れた女を引き止める為に何かしたか? 俺がもうやめておけと言ったら素直に従っただろう! 未練がましいんだよ!」





昼に食べていた弁当の箸をテーブルに叩きつけ、潤は副社長室を怒りの足音を出して出て行った。





「潤の言う通りだ。俺はまだ葵に未練がある。指輪はその証拠だ……」





潤に怒鳴られ背中を後押しされたのか、仁はバッグを手に取り、副社長室のドアを開けた。

隣にある秘書室にいた潤に言う。





「このあとの予定は全部キャンセルだ。何かあったら連絡をくれ」

「おい、仁!」





仁は走った。俺はもっと早くこうすればよかったのだと気づく。潤に感謝しなければならない。



葵の居なくなった家で一人過ごしていた。時々、葵が仁を呼ぶ声が聞こえたようなきがして振り向くが、だれもいない。過ごした時間は短いが、家は葵で一杯だった。



キャビネットに目をやると、結婚式の写真が飾ってあったが、それが伏せてあった。キャビネットの扉を開け、写真立てを手にとる。そこには結婚式で撮った写真があった。葵が伏せたのだろう。どんな思いでこの写真を伏せたのだろう。これが決意だったのか。



大通りに出て、タクシーを止める。



運転手に行先を告げる。そこは葵の実家だった。







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