Again
「お待たせ。好みを聞くのを忘れてしまったけど、ブレンドで良かったかな?」



車のドアを開けながら、爽やかな顔で、座席の奥に座っている葵を見る。コーヒーを葵に渡しながら、自分も乗り込んだ。





 「え!? ああ、それで結構です」





力なくだらけて座っていた葵は、慌てて座り直す。





 「彼女の家に向かって」



 運転手にそういい、仁もコーヒーを口にした。車内にコーヒーの香りが広がる。特に話すことはなく、葵も仁も車窓から夜の街を眺めていた。

 コーヒーも飲んでしまい、手持無沙汰になる。左側に仁の気配を感じ、緊張している。顔を正面に向けないように、必死に外をみる。景色を眺めてはいるが、葵の頭の中は、これから起こる様々な出来事を思い浮かべている。ちらりと、隣に座っている仁を見るが、仁も外を見ている。この隣に座っているハイグレードな男を夫とするのだ。覚悟を決めたとは言っても、心は違う場所にある。





「少し眠っては?もたれていいから」



不意に仁から声がかかる。





「いいえ、大丈夫です」

「無理をしないで」

「いえ、本当に」

「そう?」



仁は疑いの目を向けて、眉を少し動かす。全く信じていない顔だ。強気でいた葵だったが、アルコールが入った身体は、抵抗もむなしく、瞼が落ちてしまった。

 小刻みに体を揺すられて、目を覚ますと、見覚えのある団地の前だった。



 「やだ、寝ちゃった」



仁にもたれて眠ってしまっていた葵は、慌てて身体を起こすと、身なりを整えた。





 「ご、ごめんなさい……つい……」

 「いや」





仁の短い言葉が、余計気になった。





 「あの、お忙しいのに送って頂いてありがとうございました」





 葵は急いで車のドアを開け、降りた。少し寝たせいか、幾分、酔いも醒めていた。仁も車から降りる。

 自分の家がある団地が並ぶ。ふと我に返ると、そこに止まっている仁の車と、そこに佇んでいる仁が、この風景にそぐわなかった。



 「なんで、なんであたしなの……絶対に合わないのに……」





 葵はポツリとこぼした。

 この状況と、これからの意にそぐわない結婚がポジティブな葵に影を落とす。こみ上げる悲しさを堪えた。





 「俺の番号とアドレスがこれに書いてあるから。また遅くなる時や用事があるときは連絡を……」





差し出された名刺を受け取った。





 「じゃ……」

 「ありがとうございました。気を付けて」





 何とかそれだけを言うと、仁の車を見送った。

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