Again
社長室に仁が来ていた。社長である克典は、老眼鏡をかけ、書類を読んでいる。



「親父、頼みがある」



仁は初めてと言っていい頼みごとを、父親の克典に言った。その表情は、少しばかり思いつめているようにも見える。



「なんだ?」



頼みという言葉自体に、ただならぬことだと感じている。疑うようなそんな目で、克典は仁を見ていた。



「見合いをしたい相手がいる。いいように計らってくれないか」

「見合い!?」



滅多なことでは驚かない克典が、老眼鏡を取って立ち上がった。驚くのも無理はない。頼みごとですら驚いているのに、見合いをしたい、それも相手はもう決めてある様子だ。



「……ああ」

「仁、お前が背負っているバックグラウンドの大きさを分かってそれを言っているんだろうな」



仁の父親、克典の言いたいことは、この名波の名において、見合いをするという事は、相手は殆ど断れない状況になるという事を指しているのだ。それを分かっていて、仁は克典に見合いを頼んだ。仁ほどの容姿と、社会的地位にいる男なら、見合いの話は数えきれないほどあった。それを断っていたのは、克典だった。



「分かってる」

「それでも、見合いをしたい相手がいるんだな?」

「そうだ」

「見合いじゃないとダメな理由は?」

「……」

「答えられない事情があるようだ」



仁は、うつむいていた。滅多にない自信のなさを、克典に見せている。克典はその様子を暫く黙って見ていた。



「……俺の立場は普通のサラリーマンにしておいてくれないか。後で何とかする」

「答えられない事情……普通のサラリーマン。お前がそこまで言うのには、何か考えがあるのだろう。分かった、お母さんには私からうまいこと言っておく」

「ありがとう」



克典に報告をして、後はセッティングをするばかりだった。仁は少しも迷いはなかった。

葵の父親、義孝の勤務する会社に縁談好きの部長がいた。これも幸いした。秘書から見合いの話を持っていかせ、仁の立場は伏せた上で、義孝に仁の見合い写真を渡した。堅苦しい写真ではなく、スナップ写真にしたのが良かったのか、疑問を感じることなく義孝は受け取ったと聞いた。

強引ともいう手法で、結婚して手に入れたのが葵だ。結婚しても仕事が忙しく、新婚旅行にすら連れて行っていない。葵の相手どころか、会話もままならなかった。それは覚悟していたのか葵は何も言わなかった。

週末の休みを何とか確保するために、平日の目の回る忙しさから解放され、週末はゆっくりと過ごそうとするが、どうも葵は仁がいると緊張するらしかった。それを感じ取っている仁も、接し方に迷っているのが感じ取れた。葵に触れ、話がしたい仁だったが、急ぐこともないと、呑気に構えていた。

昼になれば、食事を用意し、夜になっても食事を用意する。これを週末の二日間会話も少なく過ごすのだ、葵にとっては地獄だろう。それだけは、仁も痛い程分かっていた。時間が経てばたつほど、きっかけを無くしていった。さらに自分が仕掛けた見合いで葵を妻に迎え、尽くす葵に対して、後ろめたさが仁の素っ気なさに拍車をかけていた。

家事を軽くしてやるには食事に誘えばいい。もう夫婦なのだから、そうそう拒否はしないだろう。それを言いたくても言えない仁は、出産を待つ夫の様に部屋をうろうろするばかりだった。

休みの日にまとめて家事をしている葵は、慌ただしく家事をこなしていた。仁は手伝うという一言が言い出せず、ソファで葵の様子を気にしながら、頭に入ってこない本を読んでいた。





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