読書女子は素直になれない
第19話

 その日一日、フロアの中は正月休み前のごとく浮つきほのぼのとしていた。隣に座る美優だけは不機嫌そうにしていたが、その理由は推して知り得た。会長の孫娘とは言え、権力を傘にするのは雛自身が嫌っており、パーティーは部署内の人間のみの参加としている。美優も本当は出たくないようで、就業中はずっと溜め息を吐いていた。
琢磨のはからいで一時間早く上がることになった女子社員はドレスアップすべく急いでロッカールームへと向かう。千晶はその行動とは反対に琢磨のデスクへと向かった。
「課長、こちらをお願いします」
 そう言って差し出した退職願いを琢磨は驚いた表情で受け取る。
「おい、これって……、どういうつもりだ!?」
「見たままです。今までお世話になりました」
「いや、納得いかないよ。どういうことだ?」
 身を乗り出し幾度も退職理由を訊かれたが、一身上の都合と最後まで突っぱねた。琢磨は保留にすると言ったが、明日以降出勤するつもりはない。

 ロッカールームで用意されていた貸し衣装でドレスアップすると、同室で待機していたメイク係にメイクからヘアアップまでしてもらう。ここまで本格的なパーティーをするのかと、げんなりする面もあるが、初めて着るドレスは想像以上に心地良く、世の女性がウエディングドレスに憧れる気持ちも理解できる。ロビーの前に並ぶハイヤーに乗り込むと、奥の席に座る普段より三倍増しで綺麗な美優が軽く手を挙げる。少し緊張するものの仕方なく乗り込み車が動きだす。程なくすると美優の方から口を開く。
「五十嵐さん、化けたわね」
「中村さんには敵わない。モデルさんみたい」
「まあね、元がいいからね」
「あはは、相変わらずね。なんかホッとする」
 穏やかな表情を見せる千晶に美優は首を傾げる。
「ホッとするって、アンタ頭でも打った?」
「打ってないって、ホント純粋に中村さんって凄いなって思ったの。自信家で行動力もあって美人で仕事もできる。私にないものばかり持ってるなって」
「なによ、褒め殺し? 褒めても私は死なないわよ?」
「知ってる。車に轢かれても軽傷なくらい生命力高いのものね」
「それは褒めてるのかしら、けなしてるのかしら?」
「ご自由にお取り下さい」
 いつも違う様子に美優は気味が悪いと呟く。しばらく沈黙が流れ、外の景色を眺めていると隣から大きな溜め息が飛び出す。
「中村さん、今日溜め息多いわね。そんなに式出たくない?」
「当たり前でしょ。他人の不幸ならまだしも、恋のライバルの幸せを祝うって、ドMじゃないんだから」
「中村さんらしいわ。私も気持ちは同じだけどね。ねえ中村さん、今までいろいろあったけど、私、貴女に会えて良かったと思ってる」
「意味分からない上に気持ち悪い」
「これは本心。貴女みたいな生き方しないとね。勉強になったわ」
「勉強になったって言うのなら、授業料として今度ランチ奢りなさいよ」
「ごめんなさい、それはできそうにない。私、さっき辞表だしてきたし」
 辞表という単語に美優は驚き凝視する。
「辞表って、どゆこと?」
「そのまんま、会社辞めるの。今日限りでね」
「なんで?」
「だって、鷹取君と雛先輩のいる職業で働くなんてできないもの。今日のパーティーで二人を祝ったら私は去る。私は中村さんほど強くないし……」
 悲しそうな横顔を見せる千晶に美優は頭を押さえる。
「アンタって、ホントバカ。バカでお人よしで、無能で、Aカップ」
「Cありますよ! 失礼な! って、それ以外にもいろいろと失礼ね。なんでそこまで言われなきゃならないのよ」
「それはね……」
 美優が口を開こうとした刹那、車が停まり高級ホテルが窓の外に見える。
「着いたみたいね。続きは後で聞くわ」
「はいはい、そのときはきっと私に頭を下げると思うけどね」
 美優の意味深な苦笑いを背に千晶はハイヤーを降りた。

 パーティー会場に入ると、豪華な食事と献花が見られそのスケールの大きさに度肝を抜かれる。千晶達が一番最後だったようで、到着し席に座った瞬間パーティーの開会が宣言される。
 賑わうパーティー会場を見回すとメインである蓮や雛の姿が見られず訝しがる。隣でワインを傾ける美優に訊くも、知らないし興味もないと返され苦笑いしてしまう。しばらくすると司会者の仕切りが始まり、同僚も会場の前へと視線を向ける。
「本日はお忙しいところお集まり頂きありがとうございます。ここで、本日の主役、鷹取蓮様、夏目雛様にご登場頂きます」
 誰ともなく拍手が起こる中、壇上に二人が並んで現れる。蓮がタキシード姿というのは理解できるが、雛の姿に千晶はドキリとする。
「ねえ、中村さん、雛さんの格好、あれってウエディングドレスじゃない?」
「そうみたいね」
「そうみたいって、そんなあっさり……」
 どぎまぎしていると司会者の女性がとんでもないことを口にした。
「本日はサプライズとして、婚約パーティー改め、結婚披露宴を執り行いたいと思います」

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