読書女子は素直になれない
第20話

 盛大な拍手が巻き起こる中、千晶はすっと席を立ち上がる。その手を美優はとっさに捉まえる。
「二人の幸せを祝うんじゃなかったの?」
「婚約パーティーだから我慢して来たの。結婚式なんて流石に見れない。そこまで大人じゃない」
「気持ちは分かるけど、今席を外すのは無礼。さっさと座って。見たくないなら俯てたらいいだけ」
 美優の言葉に、憤慨しつつ席に座る。その様子を見て周りの社員もヒソヒソ声で話す。
(恥ずかしい上に惨めすぎる。私こんなところでなにやってるんだろ。こんなことになるんなら来るんじゃなかった……)
 俯き唇を噛んでいると、司会者が進行を始める。
「まずは新郎の鷹取蓮様より挨拶をお願いします」
「今日は終業後のお疲れの中、集まって頂きありがとうございました。まずは御礼申し上げます。そして、急遽このような式を挙げることになり申し分なく思います。しかし、社内でご説明したように彼女は頑固だ。こうでもしないと素直になってくれそうになかった。こんな無茶苦茶な式と意向に賛同してくれた皆様に本当に感謝してます」
 話半ばで聞いていると、次に雛の声が会場にこだまする。
「では続いて、新婦五十嵐千晶さんから挨拶を頂きたいと思います」
 その言葉でバッと顔を上げると同時に、自分の席がスポットで明るく照らされる。
「えっ?」
 状況が把握できず辺りをきょろきょろ見渡していると、さっきまで話していた司会者が千晶にマイクを強引に握らせ去っていく。
(はい? ナニコレ?)
 マイクを持ったまま固まっていると雛が続ける。
「あらあら、新婦様は緊張のあまり、声が出ないご様子。では、新郎様より再度お言葉を賜りましょう。鷹取様、おっしゃりたいことがございましたらどうぞ」
「どうもありがとう。じゃあ僭越ながら語らせて頂きます。僕は子供の頃から転校の多い環境で育ちました。故郷もない旧友もいない、そんな学生生活をずっと送っていました。それゆえイジメの対象にされることもあり、僕には強くなる必要がありました。自分が強くなればイジメられることもないと思いましたから。でも、僕が強くなりイジメられなくなっても、他の人がイジメられるだけで、負の連鎖が無くなることはなかった。これはどの学校に転校してもあって辟易した」
 蓮の独断に会場は水を打ったように静まり返る。
「そんな転校生活の中、小学生のときある女の子と出会いました。彼女は読書が好きで暇があればいつも本を読んでいました。しかし、その大人しい性格からかイジメにあって殻に閉じ籠っていました。その姿に昔の自分を見たのは言うまでもありません。すったもんだの末、その子のイジメ問題は解決し、仲良くなれるかと内心ほくそ笑えんでいましたが、彼女はやっぱり本の虫で僕は見向きもされなかった」
 冗談交じりの言い方に会場はクスりと笑うが、言われている本人は顔を赤くする。
「当時の僕は勉強なんて二の次で遊んでばかりいた。だから読書家の彼女とどう接点を持っていいかわかりませんでした。そんなモヤモヤしたまま二年が過ぎ、また転校することになりました。当然焦りました。彼女とはなんの進展もないまま離れるなんてしたくなかったから」
 当時の知り得ぬ蓮の気持ちを知り、千晶の胸は熱くなる。
「半ば強引に話すきっかけを作りなんとか接点を作りました。そして、転校する数日前……、ついにファーストキスを頂きました!」
 ファーストキスという単語に会場は湧き、再度千晶は紅潮するハメになる。
「そのとき貸した『山月記』という小説を借りたまま返さない卑怯な女な訳ですが、僕はそれ以降離れ離れになっても彼女をずっと想っていました。そして、この春十年ぶりに会ってびっくりしました。彼女、胸が全然大きくなってなかったんです!」
(Cカップあるわ! バカ野郎ー!)
 会場が爆笑に包まれる中、千晶は心の中で反論する。
「それはいいとして、彼女は十年前の約束を覚えていました。僕も覚えていました。ずっと想い続けるという約束を。でも、僕の身の上を聞いて、また夏目さんという許婚がいると聞いた彼女は僕の前から消えました。そう、大事な『山月記』を持ってです!」
 隣で黙って聞いていた美優も吹き出し、千晶を見ながら笑う。
「彼女は言いました、幸せになって欲しいから夏目さんと結婚してほしいと。きっと僕が過去家族を亡くし苦労したと知り、これからは夏目さんとの逆玉の輿をと望んだのでしょう。けれど、そんなものは幸せでもなんでもない。金や名誉、そんなもので人の幸せなんて測れるはずがない。それに、幸せかどうかなんて誰かに決めて貰うんじゃなく、本人がどこに感じるかなんだ。彼女の言動は間違ってる。本当に俺の幸せを望むというのなら、千晶! 俺と結婚してくれ!」
 蓮から伝えられる熱い気持ちとプロポーズに胸も頭の中も沸騰するほど熱くなり、どうして良いか分からない。会場の視線は千晶に注がれ、その回答を今か今かと待ちわびる。
(こんな大勢の前でプロポーズだなんて、しかも雛先輩もいるのに何で言えるのよ……)
 緊張と混乱で黙り込んでいると、壇上の蓮がゆっくりと降りて千晶の元に歩み寄る。目の前に来ると席から立つように言われ大人しく立ち上がる。
「千晶、もう逃げられないよ。自分の気持ちのに素直になるときがきてるんだ。俺はずっと変わらずお前だけを想ってきた。これからもそれは変わらない。ずっと、俺の側にいてくれ」
 差し出された手を見て反射的に手を出そうとして引っ込める。
「雛先輩との婚約はどうするの? 反古にしたら二人とも会社に居辛くなる。私はいいとしても蓮君に迷惑かけちゃうし、それに蓮君は……」
「まだそんなこと言ってんのか! 夏目さんとか迷惑かけるとか俺がどうこうとか、いい加減他人のことを考えるのやめろ! 一番大切なのは、千晶がどうしたいかだろう! 素直になれよ!」
(蓮君……)
 唇を噛むと、千晶は目をぎゅっと閉じて大きく深呼吸する。
「わ、私は! 貴方と結婚したい! ずっと、ずっと側にいたい!」
 吸った息を思いっきり吐き出すかのように告白すると、目の前の蓮がすぐさま抱き締める。次の瞬間、会場は歓声に包まれスタンディングオベーションが巻き起こる。現実離れした状況と雰囲気にただただ戸惑うも、蓮の腕の中で幸せに包まれていることだけは確実に実感できる。いつまでも鳴り止まない拍手と歓声を聞きながら、千晶は涙し今ここにある幸せを噛み締めていた。

 
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