読書女子は素直になれない
第6話
蓮の見立て通り、美優の怪我は奇跡的にも擦り傷と打撲で済み脳にも異常はなく即日退院となった。普段全く見せないような動揺っぷりの琢磨を見て、美優と琢磨が実はできているのではと勘繰るも、あくまで憶測のことなので胸の内に秘める。
一方、蓮とは事故現場で別れてから連絡を取っていない。もし同じ会社になると分らなかったら確実に連絡先を聞いていたが、四月から毎日会えるとなると対応も変わってくる。社内に想い人がいるとなると普段からの言動にも気をつけなけばならず、化粧や身だしなみも手を抜けない。蓮に特定の彼女が居たとしても、一女性として下手なことは出来ず違った意味で気合いが入る。来週から新年度を迎え、蓮が同じフロアに来ると思うだけで今からそわそわしてしまう――――
――四月、複数の新入社員が挨拶をする中、その中に蓮の姿を見つけ嬉しさと共に緊張感が走る。これからは先輩として恥ずかしい姿は見せられず、今まで以上に気を引き締めなければならない。先輩として女性として、蓮から尊敬し慕われるくらいでないと振り向いてくれない可能性があり、今後の関係を良好なものにするにもスーパーキャリアウーマンを目標にする。
社内オリエンテーリングのため新入社員と上司が居なくなると、女子がそそくさと集まり、例年通り新人品評会が始まった。現段階では容姿のみがその対象であり、仕事のできるできないで今後の評価も変わる。遠巻きに聞き耳を立てていたが、今年の一位は案の定蓮が獲得し、誰がどうアタックして行くかはガチ勝負ということになっていた。ライバルの多さに内心戦々恐々としていると、隣の席に座る美優が珍しく話し掛けてくる。
「ねえ五十嵐さん、貴女も鷹取君狙い?」
「えっ?」
「だって、彼女たちの話を真剣に聞いてたから、興味あるのかなって」
(興味どころか私の中ではまだ恋人だと思ってるし、かと言ってハッキリ立候補宣言するのも憚られるしノーとも言えない)
「うん、ちょっとカッコイイかなって思ってる」
「そう、じゃあ諦めて」
「えっ、どうして?」
「私、本気で彼のハートを射止めるつもりだから」
初めてと言ってもいいくらい交わした美優との会話は、思っても見なかった恋の宣戦布告となり、その目つきからは本気度が見て取れる。
「渡辺課長から聞いたの。事故に遭った私を的確な処置で救ってくれたのが彼だって。五十嵐さんもその場で私を救護してくれたから鷹取君のことは知ってるわよね?」
「ええ、私は歩道に避難させただけだけど」
「貴女が私を助けてくれたことについては感謝してるわ。けど、それと恋は別。もし鷹取君のことを狙うというのなら、ライバルってことで容赦しない」
挑戦的な目つきを向けられ千晶は息を飲んだ――――
――終業後の新入社員歓迎会が料亭を貸切られ執り行なわれた。最初は穏やかに進んだ酒宴だったが、後半は蓮にすり寄る女子社員が暴走気味に絡んでいた。蓮がそれら女子に優しく対応する様を見て千晶はそっと席を外す。本人に聞いた訳でもないが、そのモテっぷりに自分の存在が小さく感じられてしまう。卑屈な考えと思いつつも自分に自信が持てず、どうしても及び腰となる。特に宣戦布告をしてきた美優の存在は頭から離れず、事故のとき蓮本人が美人と評していたこともあり気持ちはモヤモヤしていた。
(私のことを綺麗になったとは言ってくれたものの、どう控えめに見ても中村さんの方が綺麗だ。あのときの約束も忘れてるみたいだし、私が攻め入る隙があるとは思えない……)
座敷から降り靴を履くと足早に料亭を後にする。もっと蓮の側に居たい思う反面、他の女子社員と仲良くしている姿も見たくない。複雑な想いを胸に感じながら駅へと向かう。
夜の七時ということもあり駅前は賑わいを見せ、中には堂々といちゃつくカップルも見られイラッとする。このまま帰るのも癪に障り、目についた本屋に飛び込む。いつものように新刊のコーナーに向かい意中の作家の本を探す。次にランキングをチェックすると、一通り店内を散策する。
読書の趣味は今も変わらず続いており、仕事が忙しい中であっても週に一冊は読むようにしている。有名どころは勿論のこと、蓮と付き合いだした頃より恋愛小説もよく手に取るようになった。自身が知らない恋愛を本の中で擬似体験しドキドキする。そして、いつか会ったときは小説のなかのような恋愛がしたいと思っていた。
しかし、突きつけられた結末は約束の忘却であり、ずっと忘れないと言ってくれた蓮の顔が脳裏をよぎると、恋愛小説コーナーの本棚をひっくり返したくなる。
(何がずっと忘れないよ。小説の中だったら運命の再開から即ラブラブで、とっくにハッピーエンドっていうのに、現実はこんなもんよ)
恋愛小説のコーナーを素通りして漫画の新刊コーナーに向かうと、黒いスーツを着た男性が先客として陣取っている。手には某人気冒険漫画の新刊が見られ、その人気の高さが伺える。
漫画は男女共通して人気があるとされているがそれは人気少年漫画であり、こちらは男女共に読者が多い。方や少女漫画の方は女性の読者層がメインで、男性が手に取ることはほとんどない。アニメ化やランキング、本屋が選ぶ大賞等で注目されつつある少女漫画業界ではあるが、まだまだ幅広いファンを掴むまでには至っていない。
(面白さや内容とか、人気漫画と遜色ないんだけど、やっぱり少女という冠が敷居が高いか。絵からくる食わず嫌いって線もあるかな。少女漫画でも面白い作品はたくさんあるのに……)
少女漫画界を憂いながら新刊漫画を遠巻きに見ていると、件の男性が千晶を見る。男性は驚いた顔をし、千晶もその顔をしっかりと確認したあと呟いた。
「ご、後藤君?」