読書女子は素直になれない
第8話
ランチから帰った歩美は笑顔に満ち溢れており、どれだけご機嫌なのか非常に分かりやすい。蓮の方は普段と変わらぬ表情をしており、女性の扱いに相当長けていると推測される。男として着実に成長している蓮を肌で感じる一方で、千晶は自分が小さな存在に思えて仕方がない。恋愛経験もなく趣味は相変わらず読書一辺倒。買い物に出ても書店か図書館にしか足が向かず完全なるインドア派となっていた。
(特に女磨きをしている訳でもないし、どう考えても今の鷹取君とは不釣り合いだ。やっぱり諦めるのが無難かな……)
自分の情けなさに凹みつつデスクから蓮を眺めていると美優が喋りかけてくる。
「鷹取君に聞いたんだけど、彼女は最近できたらしいわ」
「えっ、そうなの? ちなみにどんな人か聞いた?」
「ええ、背が高くてモデルやってるって言ってたわ。相手にとって不足なしって感じ」
(私には不足ありすぎてお釣りがきちゃうわ。中村さんや雛先輩ならともかく、絶対敵いそうにない)
絶望感に打ちひしがれていると、美優さらに追い撃ちをかける。
「しかも、どこかの令嬢らしくって、お金持ちとか。いけ好かないわよね」
「それが事実なら純粋にこの社内で鷹取君に釣り合う人がいるとは思えない」
「まあね、容姿からして私か雛先輩くらいのもんでしょ」
「中村さん、わりとハッキリ言うのね」
「自分を含め客観的に見ての判断だから。別に自意識過剰でもないと思ってるわ」
自信たっぷりに語る美優を受け、諦めかけていた思いを再認識した――――
――夕方、条件反射のごとく駅前の本屋に入ると、新刊コーナーで翼の姿を見つけてしまう。昨日の今日だというのに翼の存在をすっかり忘れており、自分の浅はかさを呪う。案の定、翼も千晶に気がつき側に来る。
「こんばんは、五十嵐さん」
「こんばんは」
「ここに居ればいつかまた会えるって思ってたけど、こんなに早くまた会えるとは思ってませんでした」
(私もこんなに早く見つかるような行動を取るとは思わなかったわ)
自分の行動に呆れていると翼は突然頭を下げる。
「昨日は強引に誘ってしまい、すみませんでした」
「えっ、いえ、そんな頭を上げてください」
「いいえ、五十嵐さんに対して行った過去のことを軽んじてたと思います。きっとまだ恨んでいるんだと思いました。そんな俺が食事に誘うなんてお笑い種でした」
(ここまで下出に出られると逆に恐縮しちゃうな)
「高校卒業くらいにも言いましたけど、小学生のときのことはもう気にしてませんから。むしろ、そういう風にされると思い出して辛くなります」
「ああ、確かにそうですね。気が回らなくて、重ねてすいません」
そう言って再び頭を下げる翼に困り果てため息交じりに切り出す。
「店内でこんなに謝られると私が悪者みたいだから、もう頭を上げてほしい。それと、急に丁寧語になられても調子狂うし、こそばゆいから普通に話して」
「分かった。なんか、いろいろとごめん」
「いいえ、こちらこそ……」
(って、なんで私が謝る! ホント調子狂うな~、とっとと帰ろう)
「じゃあ、私はこれで……」
「あの、五十嵐さん」
「ご飯には行かない」
先回りして答えると翼は苦笑いして頭を掻く。
「ご飯は諦めてる。だからせめて駅まで一緒に歩いていい?」
(予想外の提案だな。まあ三分くらいだしいいか)
しぶしぶ承諾すると翼と並んで店を出る。小学生のときは当然ながら高校生のときも一緒並んで帰ることなどなく、隣に翼がいるという現象に少々戸惑う。蓮とは違いカッコイイという感じではないが、真面目でいかにも優等生と言った感じを受ける。背は蓮より少し低いくらいで成年の平均身長と言える。
現在の翼を見て昔イジメのリーダーだったとは誰も思わないだろう。しかし、イジメとはいつも優等生や権力者が扇動するものだと千晶は思う。ただ、当時の翼は悪ガキで通っており、大人になったもんだと感心する。昔を振り返りながら歩いていると、翼が千晶の方を向く。
「五十嵐さん、今でも本を良く読んでる?」
「うん、それなりに」
「そっか、昔からずっと本ばかり読んでたもんな。凄いよ」
「後藤君こそ本は読む?」
「漫画がメインかな。小説は話題の作品に手が伸びるくらい。五十嵐さんはやっぱり小説メイン?」
「うん、メインはそう。でも漫画も読むよ」
漫画という単語に翼は反応し、
「えっ、どんな漫画読む?」
目を輝かし顔を近づける。
「最近では『太陽の家』とか『黒執事』。人気の『ワンピース』も読むよ。後藤君、昨日最新刊持ってたでしょ?」
「ああ、昨日買ったよ。ハマったのは最近なんだけどさ、あれかなり面白いよ」
「まあ最近の王道漫画ではボチボチかな。私的にはもっと好きな作品たくさんあるし」
「へえ、漫画にも詳しいんだね。五十嵐さんのおすすめ漫画知りたいな」
「おすすめ? う~ん、そうね……」
歩きながらも千晶はおすすめ漫画の講釈をし、改札前についてもその勢いは止まらず、引いては業界への不満までに至る。翼は終始楽しそうに耳を傾け、おすすすめされた漫画を今度読んでみると言い残し去って行く。久しぶりにした漫画談義に嬉しくほっこりしていたが、冷静に考えると本来ならば蓮とすべきことだったと思い直し、帰宅後ベッドに突っ伏し凹んでいた。