読書女子は素直になれない
第9話
一週間後、昼食を済ませ会社のロビーに入るとモデルのごとき長身スレンダーな女性が窓際に立っている。淡いピンクのワンピースが上品さを醸し出し、別世界の人間と言わざるを得ない。気になりつつエレベーターを待っていると、当該モデルのもとへ蓮が小走りに駆け寄って行く。
(鷹取君! まさか、あの人が噂の彼女……、無理、絶対無理! 雛先輩でも太刀打ちできない!)
驚愕の表情で二人を眺めていると、楽しそうに話しており次の瞬間女性が蓮に抱きつく。その笑顔と行動を目の当たりにして平静でいられる訳もなく、千晶は顔を青くする。着いたエレベーターに逃げるように飛び込むと、後ろから雛が小走りにやってきて、
「ぎりぎりセーフ!」
と笑顔を見せる。雛の言動には裏表がなく千晶もホッとする場面が多い。皆のアイドル的存在とされている雛だが、千晶にとってはいつも庇ってくれ助けてくれる良き先輩という位置付けでいる。事実、歩美の嫌味や説教からも救ってもらっており頭が上がらない。蓮と彼女の件に動揺しつつも千晶は雛に話し掛ける。
「雛先輩、ぎりぎりでしたね」
「うん、走った甲斐あった」
「急ぎですか?」
「そうなのよ、これからお昼に行こうってときに限って雑用押しつけられるのよね。これってマーフィーの法則ってヤツ?」
「ええ、OLあるあるです」
そう言って笑顔を見せると雛も微笑む。
「そうそう、ところで千晶ちゃん、ロビーのモデル見た?」
「ええ、鷹取君の彼女らしいですよ」
「ほう、そう言われてるか~、まあ美人だしね」
(あれ? これってもしかして……)
「あの、もしかして雛先輩も鷹取君狙ってました?」
「ん? ううん、全然。ただ周りからキャーキャー言われててウザいなとは思ってる」
「あはは、鷹取君をウザいって言えるのきっと雛先輩だけですよ」
「まあ恋愛は人それぞれだし。千晶ちゃんはああいうのタイプ?」
聞かれて一瞬戸惑い、雛はそれを見逃さない。
「図星か。ライバル多いし大変だぞ~」
「ライバルって言うか……、私は……」
「ん? 何、もしかして知り合い?」
エスパーの如き問い掛けに千晶はどぎまぎする。
「そっか、知り合いか」
「まだ何も言ってませんよ!」
「その反応がイエスって言ってるようなもんなんだって。千晶ちゃんは分かりやすくて可愛いわ~」
からかう様に笑われ千晶の顔は赤くなる。
(雛先輩、勘が鋭い上に質問も的確すぎる! ホントこの人には敵わない……)
「もしかしてさ、元恋人とか言わないよね?」
「そ、そんな訳ないじゃないですか! あっ……」
つい同じ反応をしてしまい省みるも、もはや手遅れで雛は驚愕の表情を見せる。
「マジか……、要らない地雷踏んだみたいね。うわぁ~、そうか、そうだったのか……」
「あ、あの、雛先輩?」
「うん、安心して、誰にも言わないから。でも、あの鷹取君が千晶ちゃんと、か。だいぶ前の話?」
「え、ええ、まあ……」
「なになに、ヤリ捨てされたとか?」
「してませんよ。キスまでで……」
「おお、赤裸々告白……、ってもうフロアに着くか、残念。この話は今度またゆっくり聞かせて」
フロアの階に着き扉が開くと雛は小走りにフロアへと向かい、千晶は蓮との過去がバレてしまったことによるショックで呆然としていた――――
――終業後、雛からの質問攻めを避けるかのように素早く会社を後にする。帰宅するためには大通りを通るのが一番の近道だが、その場合例の本屋を通ることになり三日連続で翼と会う恐れがある。異性として意識している訳でもないが、毎日会うというのも自身の心情としては憚られる。おすすめの漫画を言うだけ言って、その相手を避けるというのも良心が痛むが、そこは心を鬼にして遠回りルートを選択した。
普段あまり通らない裏通りを歩いていると、新しい飲食店等ができており新鮮な気持ちになる。オフィス街ということもあるがこの周辺の飲食店率は高く、外食派の千晶にとっては有難い。機会があれば今度立ち寄ってみようと物色しつつ歩みを進めているところに、背後からふいに声が掛かる。
「五十嵐さん!」
振り返るとそこには蓮が肩で息をしながら立っており、千晶はその突然の出現に目を丸くした。
「鷹取君? ど、どうしたの?」
「どうもこうも、入社してから一度も話せてないから。もしかして、避けられてる?」
(うっ、鋭いな。彼女持ちと分かってからはあからさまに避けてるもんな……)
「ちょっと、いろいろと忙しいの」
「本当にそれだけ?」
「どういう意味?」
「何か勘違いしてない?」
「だから何を?」
「俺と中村さん、付き合ってないからな?」
(そういうことか)
半ば諦めたような溜め息を吐き千晶は口を開く。
「知ってるわ。本人からも聞いたし。モデルの彼女がいることもね。ロビーで見たけど、綺麗な人じゃない。お似合いだと思うわ」
「亜利紗(ありさ)のこと知ってたのか」
「亜利紗さんと言うのね、名前まで綺麗。彼女を選ばない男性はいないでしょうね。私なんて歯牙にも掛からない」
皮肉交じりに口角を上げる様をみて蓮の顔つきが険しくなる。
「五十嵐さん、それ本気で言ってる?」
「ええ、だってそうじゃない。事実あんなにも綺麗な彼女と付き合ってるんだもの」
「誰が誰と付き合ってるって?」
「鷹取君と亜利紗さんよ、決まってるじゃない」
「呆れた、五十嵐さん、頭良いと思ってたのに」
馬鹿にするような蓮の言い草に穏やかな千晶もカチンとくる。
「なにそれ? 頭悪いとでもいいたいの?」
「ああ、悪いね。誰の噂を聞いたのか知らないけど、俺と亜利紗が付き合っているなんてデマ信じてんじゃねえよ」
「じゃあロビーで抱き合ってたけど、あれは何?」
「アイツの癖なんだよ。凄く甘えん坊で困ってんだ」
「甘えん坊って……」
「妹だよ、亜利紗は」