時のかけら
・忘れていた感情
それから、泣き止んだあたしを見るなり哲哉さんは再び歩き始めた。
近くに停めてあった車に乗り走ること数十分。
車はあるアパートの駐車場に停まった。
二階建てのアパートの一階の角部屋。
そこが哲哉さんの部屋だった。
「あっ!! 少し待ってて」
ドアの前で何かを思い出したかのように、彼は慌てて部屋へと入っていった。
「ついてきちゃった……」
初対面の男の人の家についていくなんて、普通はありえないよね。
だけど記憶がない今、頼れるのは哲哉さんだけだった。
闇に飲み込まれてしまいそうなあたしの唯一の救いの光。
それに哲哉さんといると懐かしい気がする。
一緒にいると何か思い出せるかもしれない。
そんな気がしたんだ……。
ガチャっとドアの開く音が聞こえて振り返ると、ドアの隙間から少し汗ばんだ哲哉さんが顔を出していた。
「ごめん、お待たせ!」
遠慮がちにドアから少し離れた場所に立つあたしを、手招きして快く部屋へと迎え入れてくれた。
哲哉さんの部屋は、1DKのモノトーンな感じのシンプルな部屋だった。
黒いベッドに白いテーブル。
白いタンスにテレビ。
小さな本棚には本がぎっしり並べられていた。
綺麗に片付けられていて、必要最低限の物しかない男の部屋だなぁと思わせる部屋。
「適当に座ってて」
あたしは案内された部屋の隅っこに遠慮がちに座った。