時のかけら
何であたしは何も持っていなかったんだろう。
せめて携帯と財布さえ持っていれば、自分が誰かも分かっただろうし、携帯で哲哉さんと連絡を取り合うこともできたのに。
けど、そしたら……、今はなかったよね。
哲哉さんと一緒に過ごすこともなかったよね。
そう考えると、何も持ってなくてよかったなんて思う自分がいる。
だけど……。
「ごめんね、そうだよね。出張戻ってきたら買いに行くから」
「えっ!? 買わなくていいよ!」
「けど、やっぱり家に電話ないと不便だしね。壊れてからそのままにしてたからさ」
あ、あれ?
哲哉さんが言ってるのってもしかして……。
「家にあれば、わざわざ外までかけに行かなくて済むしね。あ〜っ、本当に抜けててごめん!」
あたしを撫でていた手が哲哉さんの頭をぐしゃぐしゃにする。
哲哉さんが言っているのは、どうやら家の電話のことみたい。
「哲哉さん……? あたしがね記憶をなくしてあの場所にいた時に、携帯を持っていたらって思っただけだよ。そしたら電話しなくてもメールできるしって思って。
だから家に電話が必要って言ってるわけじゃないから、気にしないでね!」