時のかけら
そんなあたしの動きを二枚のメモ用紙が止めた。
財布の中に入れていたそれを見て、ようやく思い出す。
「哲哉さん……出張行ったんだった……」
急に思い出した現実に体から力が抜けていく。
耳に残る無機質な音。
受話器を元に戻し、その場を去った。
声は聞きたい……だけど今日は帰ってこない。
声を聞いたら会いたくなって仕方がなくなるような気がして、電話をかけることができなかった。
いつの間にこんなに哲哉さんに惹かれていたんだろう。
どうしてこんなにも好きだって思うんだろう。
いつかは離れないといけないのに、元の生活に戻らないといけないのに……。
一度自覚してしまった自分の気持ち。
蓋の外れた想いは遮るものがなくなって、吹きこぼれるかのように溢れだす。
急激に加速していく想いと同時に、不安と恐怖が襲ってくる。
気付きたくなかった。
ごまかしたままでいたかった。
哲哉さんに抱くこの想い。
もし哲哉さんに知られたら、迷惑だと言われたら、もう一緒にいることはできない。
今のあたしには帰る場所さえないんだ……。
渦巻く孤独の闇に周りさえ目に入らなくて、
「あらっ、ここ哲哉の家よね?」
哲哉さんの家の鍵を開けている時、遭遇したくなかった人と鉢合わせをしてしまった。